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永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜
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第153話:絶望の顕現

 ――ぐ、ぐぅぅぅぅぅ……。


 沈黙していた魔王の体が、不気味な地鳴りのような低音を放ち、玉座の間全体を震わせた。

 砕けた柱がかすかに鳴り、床石の継ぎ目から砂がぱらぱらと落ちる。

 空気は一瞬で重くなり、胸の奥まで圧迫が迫る。


 「な、何……これ……」


 エリナの喉がひとりでに震え、言葉が零れた。

 足首から下が石に変わったかのように動かない。背筋を走る悪寒が、皮膚の奥で凍りつく。


 魔王の全身から黒い霧が噴き出し、渦を巻いて意思を持つ獣のように肉体を覆い隠した。

 骨が軋み、肉が裂ける湿った音が空間を満たした。

 肩口が盛り上がり、膨張した筋肉が鎧のような硬質へと変わっていく。


 「リク……あれ、止まらない……!」


 エリナの声は、かすれた悲鳴に近かった。

 唇が乾き、呼吸が乱れる。


 リクは震える息を必死に整えながら、奥歯を噛みしめる。


 「……でかく、なってる……。これ以上……まだ、上があるのか……」


 耳をつんざくような骨の鳴動。

 背骨が伸び、裂けた皮膚から白い骨が覗き、やがて角のように天を突く。

 裂け目から吹き出した血が、黒い霧と混ざって蒸気のように立ち上った。

 背中が破裂するかのように隆起し、漆黒の翼が飛び出す。

 翼は一度大きく震え、空気そのものを悲鳴させた。


 「獣……? いや、黒い翼が……」


 リクが低く呟く。

 その視界に、さらに異形の変化が続く。


 脚は大地に根を張る獣のように太く、爪は鋼をも砕く鉤爪へと変貌する。

 胸板は城壁のように盛り上がり、頭部は巨大な獣――ベヒーモスを思わせる輪郭を帯びていく。

 その背から広がる堕天使の翼は、赤黒い夜空を完全に覆い尽くすほど巨大だった。


 「嘘だ……こんなの、勝てるわけがない……」


 エリナの声には、はっきりと絶望の色が滲んでいた。

 心臓の鼓動が耳元で轟き、冷たい汗が背中をつたう。

 指先から体温が奪われ、握った杖がわずかに震える。


 比較的、魔王の近くにいたサクラは膨れ上がる圧に巻き込まれ、剣を構えて抗い、足を踏ん張る。


 「ぐぅぅぅぅ――!」


 しかし魔王の巨体がさらに肥大するたび、周囲の空間そのものが押し出される。

 石壁が軋み、天井が大きくひび割れ、松明の火が吹き消されそうに揺れた。


 「サクラ団長! 早く横に逃げてっ!」


 リクが叫ぶ。

 膨張を続ける魔王の肉体が、今にも壁と天井を押し壊さんばかりだ。

 その圧に巻き込まれれば、一瞬で潰される。


 「くっ……! 止まれぇぇーーーっ!」


 サクラは必死に踏みとどまる。

 だが巨体の圧は容赦なく迫り、石床がきしみを上げた。


 バキィッ!


 骨の砕ける鈍音。

 サクラは壁に押し潰され、石に半ば埋もれたまま沈黙した。


 「「サクラ団長――!」」


 リクとエリナの悲痛な叫びも、轟音にかき消された。


 バコォォォンッ!


 魔王はついに城の天井を突き破った。

 赤黒い空が裂け、夜気が玉座の間へ流れ込む。

 崩れ落ちる破片の中で、巨大な影はなおもゆっくりと動き、恐るべき変貌を完成させた。


 そして――。


 PIROのソニックムーブ・レインボーが、一直線に魔王へと届いた。

 残像が幾重にも重なり、無数の刃が暴風のように襲いかかる。

 空間そのものが歪み、石壁が削り取られるほどの速度と威力。


 「なっ……!?」


 PIROは息を呑む。

 だが、巨大化した魔王の肌には、かすり傷一つ残らない。

 漆黒の瞳が、わずかに彼を見下ろした。


 次の瞬間――。


 ドゴォッ!


 地鳴りのような轟音。

 巨腕が、空気を引き裂いて振り下ろされる。


 「うわっ、うわぁぁぁぁ――」


 PIROは反射的に両腕を顔の前で交差させ、目を強く閉じた。

 だがそれは無意味だった。


 ――ぐしゃり。


 赤い飛沫が宙に舞い、PIROの体はトマトのように潰れ、地面に無惨な塊だけを残した。


 「……うそ……」


 エリナが震える声を漏らす。

 足元から冷たいものが這い上がり、心臓を握り潰される感覚が全身を支配した。


 「無理……もう、絶対に……無理……」


 胸奥のGenesisの鼓動さえ怯えを伝えてくる。


 心が折れ、視界が滲む。

 初めから――魔王に抗うこと自体、無謀だったのだ。


 その時、視界の先にリクが立った。

 ゆっくりとエリナへ振り返り、微笑を浮かべる。


 「エリナ……逃げてくれ」


 その声は、不思議なほど穏やかだった。


 「リク……だめ、そんなの……!」


 「少しでも、時間を稼ぐ。おまえは……生きろ」


 決意だけが、その瞳に宿っていた。


 「待ってっ!」


 エリナは叫び、手を伸ばす。

 だがリクは振り返らない。


 「うぉぉぉぉぉぉっ!」


 雄叫びを上げ、リクは巨影へと駆け出していった。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」

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