第152話:狂気の継承者
「……あの女の魔法は、まずい!」
ルシファーの瞳が、初めて焦りに揺れた。
雷鳴に似た重低音が玉座の間を震わせ、砕けた柱から細かな破片がぱらぱらと落ちる。
「貴様ら、どけぇいっ!」
空気が爆ぜ、黒い衝撃波がリクとサクラを容赦なく薙ぎ払う。
「うわぁっ!」
「ぐあっ!」
剣を支えに踏みとどまるリクの腕が痺れ、サクラの鎧は軋みながらも深く凹む。
二人は必死に足を踏ん張るが、全身が押し流される。
それでも――エリナは退かない。
「……いける!」
小さく呟いた声は、決意を帯びて凛と響いた。
両腕を広げ、指先から迸る光が空間を満たしていく。
「鎖嵐滅界――!」
魔王の足元から五色の光が走った。
「……っ!」
赤、青、緑、茶、そして金。
大地を割って現れた五本の鎖が、竜巻のように渦を巻き、魔王を中心に荒ぶる。
ギィィィィィィ――ンッ!
鎖が回転するたび、炎が唸り、風が裂け、水が奔流となって絡みつく。
木々の根が伸びるように土が隆起し、金属の輝きが稲妻を伴って閃いた。
五つの属性が一斉に解き放たれ、玉座の間は昼のような光に包まれる。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
魔王の咆哮が天井を震わせ、赤黒い空をさらに深く染めた。
五属性の力が闇を削り取り、肉体を裂き、黒い肉片が飛び散る。
火が焼き、水が裂き、木が貫き、土が砕き、金が切り刻む――。
その一撃一撃が、まるで世界の理そのものをねじ伏せていくようだった。
リクは片膝をつき、剣を支えながら祈るように叫ぶ。
「今度こそ……終わってくれ……!」
サクラもまた、うつ伏せになりながら顔を上げ、血の滲む唇を噛んで呟く。
「……これで……決めろ……エリナ……!」
エリナは歯を食いしばり、魔力を注ぎ続ける。
全身を焼くような痛みが神経を裂き、視界は白く滲む。
胸の奥で心臓が早鐘を打ち、呼吸は喉を裂くように荒く、足元の床が震える。
それでも――鎖は止まらない。
* * *
やがて――限界が訪れた。
「はぁ……はぁ……っ……!」
魔力の奔流が途切れ、膝が崩れ落ちる。
両手が冷たい石床を叩き、四つん這いになったエリナは、肩を激しく上下させながら荒い息を吐いた。
胸の奥は焼けつくように痛み、肺を満たす空気さえ熱を帯びている。
耳の奥では自分の鼓動が戦鼓のように響き、視界は白い霞で覆われた。
玉座の間には、崩れた柱と割れた石床の残骸が散乱している。
先ほどまで渦巻いていた黒い霧は薄れ、壁に取り付けられた松明の炎だけが、赤黒い影を揺らしていた。
魔王は――まだ立っていた。
先ほど自慢していたその肉体は見る影もない。
全身が炭のように黒く焼け、ひび割れた皮膚からは黒い血液が流れ出ている。
それでも、その胸はわずかに上下し、確かに息がある。
エリナは唇をかみ、指先に残った力で再び魔法を練ろうとした。
しかし、魔力の糸は空気に溶けるだけで、もう形を成さない。
膝が震え、視線が霞む。
――その時だった。
「……ご苦労だったな、人間」
耳障りな声が、静寂を鋭く裂いた。
反射的にリクが顔を上げる。
瓦礫の山、その頂に一人の影が立っていた。
「PIRO……!」
いつの間に現れたのか、PIROは崩れた柱の上で腕を広げ、満面の笑みを浮かべている。
その笑みは喜びとも狂気ともつかない、異様な輝きを帯びていた。
「想定通りにいった。素晴らしい結果だ!」
声は歓喜に震え、瞳の奥では狂気の光がぎらりと走る。
リクが剣を構え、低く唸った。
「……おまえは! ……おまえがここにいるということは! ……やはり、ライアンたちは……」
「ライアン?」
エリナは荒い息を吐きながら顔を上げ、凍りついたように言葉を失った。
胸の奥で、嫌な予感が形を持って膨らむ。
サクラは震える足で必死に立ち上がる。
鎧はところどころ砕け、防具としての役目を失っていたが、その瞳に宿る闘志だけは決して揺らいでいなかった。
だがPIROは、三人の存在など初めから無いかのように、己の世界に酔いしれていた。
「ルシファーごときが偉そうに、俺に命令する……それが許せなかったんだ!」
吐き捨てる言葉は憎悪に濡れ、笑みは歪んでいく。
白い歯が松明の炎を反射し、不気味な光を宿した。
「だが今日からは――俺が魔王だ! はっはっはっはっ!」
まだ黒い炎を纏うルシファーへ一瞥を投げ、PIROは嘲るように唇を歪めた。
「息があるようだが、とどめを刺すのは俺だ。 そして人間どもにも褒美をやろう――永遠の“安らぎ”という名の死をな!」
瓦礫を踏みしめながら、PIROは両腕を大きく広げた。
空気が震え、松明の炎が一斉に揺れた。
まるで玉座の間そのものが彼の力を歓迎しているかのように。
「新たな魔王誕生を祝い! そして死ねぇぇぇぇ!!」
二人が同時に叫ぶ。
「あれはっ!」
「あっ!」
リクたちが知る技とは異なる、似て非なる技――仲間の命をも奪った“必殺”が、いま再び放たれる。
「ソニックムーブ・レインボー!!」
PIROの声が玉座の間に響き渡る。
その瞬間、倒れ伏していた魔王ルシファーの目が、かすかに――妖しく光った。
血のような赤と、深淵を思わせる漆黒。
その光は、まるで“次なる悪夢”の始まりを告げる狼煙のように、戦場を不気味に照らした。
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