第150話:戦場に満ちる鎖
「リク! 遅くなってごめん!」
戦場に降り立つエリナの声は雷鳴のように澄み渡り、崩れかけた玉座の間を震わせた。
光を孕んだ髪が風に翻り、瞳には鋭い決意が宿る。
足元の瓦礫が、その気迫に押されて小さく跳ねる。
「エリナ……! よかった……」
リクは胸の奥が熱くなるのを感じ、思わず剣を強く握りしめた。
エリナは無言で周囲を見渡し、
「私が無傷な理由も、サクラ団長がここにいる訳も――疑問は山ほどある。けど今はそれより、魔王を倒すのが先! リクたちは下がって!」
その声音には、揺るぎない確信が宿っていた。
「エリナ一人だけでは無理だ! 俺が守る!」
リクは即座に前へ出ようとする。
剣を正眼に構え、汗と血に濡れた頬を拭う暇もなく、瞳だけが鋭く光った。
「何を馬鹿なことを言っている!」
サクラが低く叫ぶ。
鎧に刻まれた無数の傷が、彼の覚悟を物語っていた。
「私も休んでなどいられない!」
そのやり取りを、魔王ルシファーは低く笑いながら見下ろしていた。
赤黒い瞳がわずかに細まり、くぐもった嗤いが広間を震わせる。
「頭でも打ったか? 先ほどまで我が“手加減”した魔法すら防げなかった貴様が、今さら何ができる」
重い声が石壁を揺らし、天井から瓦礫がぱらぱらと落ちる。
黒々とした闇は生き物のように広がり、耳鳴りを伴う重圧となって空気を押し潰した。
足元の石はひび割れ、空気の温度が数度下がったかのように肌を刺す。
肺に吸い込む空気は鉛のように重く、喉を通るたび鉄の味が広がる。
しかしエリナは一歩、前へ。
靴底が瓦礫を踏むたび、白い光がほとばしり、薄闇に細い道を描いていく。
「大丈夫。わかるの。私の中のGenesisたちが教えてくれる――“圧倒できる”って!」
両腕を大きく広げ、空へ切り上げる。
その軌跡に沿って光の粒が舞い、雷光の前触れのような静電気が肌を撫でた。
瞬間、空気が急激に震え、耳鳴りのような低音が地を這った。
「鎖よ――応えなさい! 雷鳴鋼鎖!」
金属鎖が迸る稲妻を纏い、天を裂く轟音とともに魔王へ襲いかかる。
空気は焦げ、雷光が闇を白く切り裂いた。
だが魔王は、口の端をわずかに歪めただけだった。
「この程度――」
足元から濃密な黒霧が噴き上がる。
それは重油のようにねっとりと広がり、視界そのものを呑み込む。
「ダークミスト」
霧は意思を持つ蛇のように鎖へまとわりつき、光を呑み、力を鈍らせていく。
轟いた閃光は無数の粒に分かれ、地表を這う稲妻となって走り、瓦礫を焦がしながら静かに消えていった。
冷たい闇が周囲を覆い、温度さえ奪う。
「甘い!」
エリナの声が闇を裂いた。
その瞬間、地面が緑に脈打ち、足元から蔦が吹き出す。
「蔦鎖縛!」
地面を割って伸びた蔦は、鋼の鎖へと変貌する。
魔王の四肢を瞬時に絡め取り、硬質な音を立てながら締め上げた。
鎖がきしむたび、空気はさらに重く震え、霧が引き裂かれていく。
「なにっ……!」
初めて魔王の瞳に驚愕が走る。
闇の霧を濃くして逃れようとするが、鎖はその度に強く絞り込み、黒い力を逆に断ち切った。
ルシファーの指先が闇の刃を生み、鎖を裂かんと閃光を放つ。
だがその黒刃は緑と紅の光に触れた瞬間、悲鳴を上げるように砕け散った。
エリナは息を吸い込み、両手を交差させて高く掲げる。
「今だ! ――炎鎖縛!」
緑の鎖を包むように紅蓮の炎が爆ぜ、天井まで届く火柱となった。
戦場は昼のように赤く染まり、空気が焼ける匂いが辺りを覆う。
「ぐ、ぐわあぁぁぁぁっ!」
魔王の咆哮が大地を震わせた。
鎖を破ろうと身をよじるたび、炎はさらに勢いを増し、黒い外套を焼き尽くしていく。
リクが息を呑み、剣を握る手が汗で滑った。
「……すごい……」
サクラも目を見開き、呟きを漏らす。
「言うだけはあるな……」
無数の鎖が光と影を絡め取り、轟音が大地を震わせる。
エリナは瞳を細め、鎖に込めた力をさらに引き締めた。
恐怖も迷いもない。
胸奥で鼓動と同じリズムが鳴り、Genesisたちとの絆が血潮となって全身を駆け巡る。
その足取りは、もはや一人の魔法使いのものではない。
揺らめく輝きに包まれ、女神を思わせる威容が、光と影の交錯する戦場にくっきりと浮かび上がった。
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