表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜
186/198

第148話:誰もいない街

* * *


 ――少し前。


 視界がゆらりと揺れ、エリナは深い水面から浮かび上がるように、ゆっくりとまぶたを開いた。

 そこは確かに戦場だったはずだ。

 剣戟や魔法の爆発音等、今はどこからも聞こえない。


 かわりに、すぐそばでほの白い光が漂っていた。

 まるで深海に差し込む月光のように揺らぎながら、静かに脈動している。

 視線を向けると、石板のような四角い石があった。

 その表面には、呪いを宿した骸のような痕が、鬼の形相のまま貼り付いている。

 目は憎悪に見開かれ、口元は最後の叫びを刻んだまま凍りつき、

 まるで死の瞬間の恨みが石へ封じ込められたかのようだ。

 しかしエリナには、それが誰の姿なのか、あるいは何を意味するのか理解できない。

 その凄絶な輪郭を前にしても、柔らかな光の律動が意識を絡め取り、恐怖は芽生えなかった。

 その光の拍動が心を引き寄せ、考えるよりも先に、指先がゆっくりとその石へ伸びていった。


 光はまるで心臓の鼓動を映すかのように規則正しく瞬き、エリナの胸の奥で同じリズムを刻んだ。

 誘われる。

 呼び寄せられる。

 抗うという考えすら浮かばない。


 気づけば、彼女は手を伸ばしていた。


 指先が石に触れた瞬間、世界が音もなく反転する。

 足元の感覚が消え、上下の区別さえなくなる。

 匂いも音も、あらゆる知覚が一瞬にして白い霧の奥へと遠のいていく。

 圧倒的な白光だけが全身を包み、耳を裂くような――それでいて完璧な――無音が、心の奥まで満たしていった。


* * *


 まぶたを再び開くと、そこは完全に異質な世界だった。


 空を覆うほどの高層ビル群が、幾何学模様のように複雑に重なり合っている。

 金属とガラスでできた巨大な壁面が、月光を受けて冷たく光り、まるで天空まで続く迷路のようだ。

 街路は奇妙なほど整然としており、人の気配はどこにもない。

 代わりに、無人の乗り物が音もなく滑るように走り抜け、足元に淡い光の筋を残していった。


 吹き抜ける風は乾いて冷たく、わずかに金属の匂いを帯びている。

 頭上では、巨大な光の看板が数えきれないほど瞬き、目に見えないリズムで色を変えていた。

 それらが投げかける光が空気を染め、建物のガラスに無数の反射を生み出す。

 近未来――いや、夢そのものが具現化したような光景。


 「リクぅーーーー! ……誰かーーーっ! …………いないの?」


 声を張り上げる。

 叫びは鋭く空気を裂くが、冷たく乾いた空へ吸い込まれるだけで、何一つ返ってこない。

 心細さが胸を締めつけ、背筋を冷たいものが走る。


 ――魔王の魔法?

 一瞬、そんな疑念が過った。

 だが、そこにあるのは殺気でも敵意でもなく、ただ圧倒的な静寂。

 聞こえるのは、自分の鼓動と靴底が舗道を踏むかすかな音だけだった。


 ここに留まっていては、答えは決して得られない。

 エリナは荒ぶる心臓をなだめるように息を整え、慎重に一歩を踏み出した。


 歩を進めるたび、街の壁面を覆う巨大なスクリーンが唐突に点灯する。

 そこには見知らぬ人影が映し出され、異国の言葉で笑い、歌い、踊っている。

 しかし近づくと映像は霧のように淡く薄れ、こちらに視線を向ける者は誰一人いない。

 映像なのか幻なのか、判断がつかない。

 魔導具? それとも心を惑わせる幻覚?

 理屈を探しても、胸の奥で不安だけがじわじわと広がっていく。


 それでも足は止まらなかった。

 むしろ、歩を重ねるごとに、奇妙な懐かしさが胸に芽生え始める。

 知らない街であるはずなのに、どこかで見たことがある――そんな感覚が、心の奥で静かに膨らんでいく。

 夢で何度も見た景色の断片。あるいは失われた記憶のかけら。


 やがて、その感覚は確信に近づく。


 視界の奥、光と影の向こうにひときわ大きな建物が姿を現した。

 白い壁面は陶磁器のように滑らかで、金属の縁取りが月光を反射して淡く光っている。

 丸みを帯びたドームの輪郭は、稲妻のような既視感を胸に走らせた。


 「……ここ、知ってる。どこかで……」


 自分でも理由のわからない言葉が、無意識に唇からこぼれ落ちる。

 気づけば歩幅がひとりでに広がり、足音が石畳を急かすように響いた。


 近づけば近づくほど、胸の奥で眠っていた何かが疼き出す。

 かつて訪れた遺跡に確かに似ている。

 だが、あの荒れ果てた廃墟ではない。

 壁も床も新品のように輝き、まるで時が巻き戻され、かつての栄華を取り戻したかのようだった。


 入口脇の壁面には、淡く光る奇妙な文字が浮かび上がっている。

 見たことのない、しかしどこか愛嬌を感じる曲線の連なり。

 そしてその一角にだけ、見覚えのある傷が刻まれていた。


 「……FUKUJIN作」


 遺跡で目にした、あの刻印。

 意味はわからない。

 けれど心は確かに震え、忘れていた何かを呼び覚ます。


 恐怖はなかった。

 あるのは、懐かしさと、抗いがたい引力。

 それが胸の奥から押し寄せ、身体を前へと突き動かす。


 ――入らなければ。


 理由などいらない。

 ただ、そうしなければならない。


 エリナは深く息を吸い、両手で静かに扉へ触れた。

 扉は音もなく開き、内側から白い光が滝のように溢れ出す。

 その光はやさしくも力強く、彼女の全身を包み込み、心の奥底までも温めていった。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ