第147話:黄金の鎖、覚醒の刻
「……ん?」
玉座の間に、突如として奇妙な間が生まれた。
魔王がわずかに首をかしげ、赤い瞳を細めて宙を見つめる。
何かを察知したように鼻先がわずかに動き、その口角がゆっくりと吊り上がった。
次の瞬間、胸の奥底から嗤いが込み上げ、空気を震わせる低音が広間に響く。
「朗報だ! 貴様らの仲間たちは――今、この瞬間、すべて死んだ!」
低く、しかし雷鳴さながらの重圧を持つ声が、玉座の間全体を震わせた。
壁の装飾がかすかに鳴り、天井から舞い落ちる塵さえ震動しているように見える。
「残っているのは、この空間にいる者のみだ!」
「……いよいよか」
サクラは剣を握る指に力を込めた。
ここで自分とリクが倒れれば、人類は滅びる。
これが最後の砦――目的果たせず死ねない、その重さを噛み締め、奥歯がきしむ。
恐怖はある。
だが、それ以上に決意があった。
「嘘だっ!」
リクが声を張り上げた。
叫びは高く割れ、恐怖と否定の響きが玉座の間に突き刺さる。
「クックック……嘘なものか。我とて、この愉快な戯れが終わるのは実に惜しい。だが、終焉は必ず訪れる」
魔王は愉快そうに肩を揺らし、ゆったりと右手を掲げた。
その何気ない仕草ひとつで、空気が張りつめていく。
――その時、背後から間の抜けた声が響いた。
「ん?」
玉座の装飾壁を熱心に調べていたFum技長だった。
彼は周囲など意に介さず、目の前の古い文様に没頭していたが、
突如として身体がふわりと浮かび上がり、ゆっくりと宙へと引き寄せられていく。
「な、なんだこれは!? 降ろせ――! 俺の調査を邪魔するなあぁぁ!」
場違いな叫びが大広間に響き渡る。
手足を必死にばたつかせるFum。
だが、その抵抗は空気を掻くだけで、何の意味も持たない。
「Fum技長っ!」
「技長――!」
リクとサクラが同時に叫んだ。
二人の声は焦燥と恐怖を帯び、玉座の壁に反響する。
しかし、魔王は冷ややかな視線を向けたまま、ゆっくりと右手の指を握り込んでいった。
その指が、きゅっと閉じきった刹那――。
グシャッ。
肉が押し潰される鈍い音。
Fum技長の体は、握りつぶされた玩具のように一瞬で圧縮され、
悲鳴を上げる間もなく無惨な肉片となって床へと落ちた。
床石に当たった破片が鈍い音を立て、血が円を描くように広がっていく。
「くそっ……」
リクは奥歯を軋ませながら、次々と仲間が失われていく現実に焦りを募らせた。
胸が焼けるような怒りと、どうしようもない無力感が心を締めつける。
「技長……ついてくるなと言ったのに。これでは、あまりにも無駄死にだ……!」
サクラは拳を震わせ、止められなかった自責に唇を噛み切りそうになる。
「さて、次は……」
魔王の瞳がゆっくりと滑るように動く。
その視線の先は――眠るエリナ。
赤い瞳孔が細く光り、唇の端が嗜虐的に歪む。
「させるかぁーーーっ!」
リクが咆哮した。
目をかっと見開き、全身の筋肉を一瞬で総動員する。
剣が闇を裂き、一直線に魔王を目指して閃光のように走る。
「おいっ! 一人で突っ込むな!」
サクラも舌打ちし、すぐさま後を追った。
「……ちっ、これが最後だ!」
足音が重く響き、二人の影が長く床を這う。
サクラは低く呟き、決意を胸に刻む。
「フッ――」
魔王の口元が、不気味な笑みにゆるむ。
「ダークエッジ、乱舞」
言葉と同時に、魔王を中心に闇が爆ぜた。
無数の黒い斬撃が夜の雷光のように奔り、空気そのものを切り裂いて四方へ飛び交う。
石壁が悲鳴を上げ、耳をつんざく風切り音が嵐のように押し寄せる。
「くっ――!」
リクもサクラも、全力で魔王に向かって走っていた。
しかし、カウンターとして放たれた闇の刃に対し、避ける術などなかった。
視界は黒い光線で埋め尽くされ、死の気配が骨髄まで染み込む。
だが――。
黄金色の閃光が、二人の眼前に突如として現れた。
ガァンッ!
雷鳴のような衝撃音が玉座の間に轟き、
幾重にも重なる黄金の盾が眩い光を放ちながら二人を包み込む。
黒い刃はその光に触れた瞬間、音もなく霧散した。
眩い金光が玉座の間を満たし、石壁のひびが黄金色にきらめく。
「……なに?」
魔王の赤い瞳がかすかに震え、苛立ちと戸惑いが入り混じった光を宿した。
邪魔をした存在を探るように、ゆっくりと首を巡らせた。
リクもサクラも、同じ方向へ視線を向ける。
そこには――。
「エリナっ!」
リクが叫ぶ。
黄金の盾の中心、まばゆい光を帯びた少女が静かに目を開いた。
その瞳孔には火・水・木・土・金を象徴する五色の光が鎖の輪となり、
極細の鎖を埋め込んだ宝石のように、黒目の奥で静かに、そして荘厳に回転していた。
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