第146話:死を告げる残像
爆風が、ゆっくりと――しかし確実に――薄れていった。
熱を帯びた黒煙が渦を巻き、崩れた廊下の奥から、ぼんやりと人影がにじみ出る。
その輪郭が徐々に形を得るにつれ、周囲の空気が再び張りつめていった。
現れたのは、PIROだった。
こめかみがぴくりと跳ね、血走った眼が灼けつくような光を宿している。
自慢の髪は爆炎でちりぢりに焼かれ、奇妙なパーマのように縮れていた。
焦げた衣の隙間から覗く白い肌には、爆風が刻んだ裂傷と煤がまだ燻っている。
「貴様……何の真似だ。人間ごときが――この私に“屁”だとぉ!」
低く、だが地鳴りのように響く咆哮。
廊下の石壁が微かに震え、骨の奥まで振動が染みわたる。
リセルは思わず肩を震わせ、足元が勝手に震動するのを止められなかった。
恐怖が、血の底から這い上がってくる。
その横で、焼大人でさえも自身の体が微かに震えているのを悟り、奥歯を強く噛み締める。
本能が告げていた――ここから先は、生き物としての危機そのものだと。
ふらつきながらも、ライアンがゆっくりと立ち上がった。
片腕で大剣を杖代わりに支え、血に濡れた唇で薄く笑う。
「ハッ……少しは“かっこよく”なったじゃないか……!」
その言葉が終わるより早く――。
ゴッ、と重い衝撃。
ライアンの体は視界から消え、次の瞬間には壁へ叩きつけられていた。
「ごふっ……!」
殴られた感覚さえ、理解する前に訪れた衝撃。
顔を上げると、目の前にいつの間にかPIROが立っている。
移動の軌跡も、振り下ろした動作すら見えない。
「許さぬ……。徹底的に後悔させて殺してやる。楽に死ねると思うな」
その一言を合図に、怒りそのものが形を得たかのような猛攻が始まった。
嵐のような打撃。
焼大人もリセルも、そしてライアンも、反撃どころか防御さえ追いつかない。
剣も拳も空を切り、振り上げた腕は何度も弾き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「くっ……!」
「がはっ……!」
三人は廊下を転がり、血と埃にまみれた。
PIROの姿は残像そのもの。
現れたかと思えば次の瞬間には別の場所で殴り、蹴り、
その速度は人間の認知をはるかに超えていた。
やがて――。
PIROが唐突に動きを止めた。
口元には笑み。
しかし瞳は氷よりも冷たい怒りで凍りついている。
「冥土の土産だ。これで終わりだ」
ゆっくりと、両腕を大きく広げる。
その動作だけで、周囲の空気が圧し潰されるように震え、耳鳴りが廊下に満ちた。
「ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニッ……」
その言葉が、まるで死へのカウントダウンのように幾度も繰り返される。
「――あ、あれはっ!!」
焼大人が目を見開く。
荒い息を吐きながらライアンが問いかけた。
「ハァ……ハァ……知っているのか、焼大人!」
「……民民書房・秘拳伝にある、“ソニックムーブレインボー”」
その声は低く、しかし明らかに震えていた。
「通常のソニックムーブの上位技。 速度は常人にも追えるほど遅い。 だが、その残像は無限に追尾し、いかなる防御も削り取って死に至らしめる。 同じ流派でない者は……生き残れぬ」
ライアンは短く息を吐き、かすかに笑った。
「……ここまでか?」
焼大人は目を閉じ、無言で頷く。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
リセルは震える唇を結びながらも、穏やかな微笑を浮かべる。
「今まで……ありがとう」
「ふっ……」
焼大人は静かに微笑み、目を細めた。
「……残っている者たちに、後を託そう。……Daiの店に、行くとするか」
ライアンもまた、わずかに笑みを返す。
「仕事の後の一杯は格別だからな。飲みながら観戦しよーぜ」
ゆっくりと大剣を構え直し、声を張り上げた。
「……ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニッ……ソニックムーブ!」
そして――。
「お先っ!」
叫ぶや、ライアンはPIROへ一直線に駆け出した。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
キンッ――。
大剣は残像に弾かれ、視界を覆う無数の残像が一斉に迫る。
ライアンは咄嗟に大剣を盾に掲げたが、残像の連打が鋼鉄を刻み、削り、砕いていく。
「リクぅぅぅぅっ!! 後は任せたぞ――ッ!!」
轟く声と共に、ライアンの姿が残像に呑み込まれた。
「私も、先にあがるよっ!」
リセルもまた覚悟を決めていた。
全身に爆裂札を巻き付け、炎に包まれる覚悟で駆け出す。
「うわぁぁぁぁぁっ! エリナーーーーっ!! 信じているぞ――――っ!!」
轟音。
爆炎が彼女を包み、紅蓮の閃光が暗闇を裂いた。
焼大人はその光景をじっと見つめ、静かに座禅を組む。
「……」
瞼を閉じ、仲間たちの最期を胸に刻み込む。
深い闇の中に、自らの気を静かに沈め、最後の瞬間を待った。
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