第145話:秘奥義――点心大解放ッ!の巻
PIROと焼大人の激闘は、なおも火花を散らして続いていた。
拳と脚が幾度もぶつかり合い、金属を叩くような衝撃音が石造りの廊下に木霊する。
衝突のたびに床石が軋み、天井から細かい砂塵が雨のように降り注いだ。
「どうした? 顔色が青いぞ。動きがだんだん鈍くなってきている」
PIROが余裕の笑みを浮かべながら嘲る。
焼大人は短く唸った。
「むぅぅぅ……!」
その顔からは血の気がみるみる失せていく。
滝のように流れていた汗はいつしか止まり、乾いた肌は蒼白に近い。
かつて煮えたぎるように赤く染まっていた肌は、熱を失い、ひび割れた陶器のように色を奪われていった。
だが筋肉だけはますます浮き彫りになり、皮膚の下で生き物のようにうねっていた。
命を削り、限界を超えた力を絞り出している――PIROはその事実を見抜いていた。
「限界が近いな」
挑発する声に、焼大人は目を細めて応えない。
その背後から、ライアンが大剣を振りかぶって突進した。
「うらぁぁぁぁぁっ!」
鋭い風切り音と共に巨大な刃が閃く。
PIROはにやりと口角を上げ、滑るように身をひねると、瞬きより速くライアンの背後へ回り込んだ。
「いかんっ!!」
焼大人の叫びが響く。
次の瞬間、PIROの回し蹴りがライアンを捉えた。
バキィッ!
「ぐわぁぁぁっ……!」
大剣ごと吹き飛ばされたライアンは、焼大人へと激突する。
「ぐおっ……!」
「……えっ!? うわぁぁぁーー……!」
さらにリセルを巻き込み、三人はもつれるように床へ倒れ込んだ。
「ぅぅぅぅぅ……!」
ライアンは強烈な打撃の痛みと、片腕の痛みに襲われ、うめき声をあげ動かない。
「くっ……!」
リセルも衝撃に呆然とし、状況を理解できずにいた。
ただ一人、焼大人だけがPIROの動きを追い、目を見開いて叫ぶ。
「まずいっ!!」
その間はほんの数秒足らずだった。
「――終わりだ」
空気を裂くような轟音。
PIROがソニックムーブを発動し、稲妻のごとき加速で三人に迫る。
倒れた体勢では回避は不可能。
焼大人はライアンを片腕で押し退け、腰をひねりざまズボンを一気に下げた。
命懸けの戦場に似つかわしくないその動きが、戦いの緊張を一瞬だけ乱した。
「焼売拳・秘奥義――点心大解放ッ!!」
直後、焼大人の腹の奥から雷鳴のような破裂音が轟き、凍りついた空気を一気に吹き飛ばす。
同時に、常識を越える臭気と圧力が奔流となって廊下を満たす。
ぼふぅぅぅぅぅぅぅ――ッ!
鼻を突き刺す刺激臭。
硫黄と腐敗した卵を思わせる、胃をえぐるような悪臭が一瞬で空間を支配する。
ただの放屁ではない。
気功で鍛えた内功と体内の熱が融合し、爆発的な衝撃波として解き放たれた“奥義”だった。
次いで、言語化不能な強烈な臭気がソニックムーブの空気の圧力を超え、廊下を満たした。
PIROの足が、ぴたりと止まる。
「……っ、な、なんだこの臭いは……!」
顔をしかめ、わずかに動きが鈍った刹那――。
「リセル! 火矢を――早くっ!!」
焼大人の怒声。
リセルは痛む体を押さえながらも、本能のままに弓を構える。
「今だ!」
腕を震わせつつ矢を番え、炎をまとわせ、そのまま一気に放った。
――シュッ。
炎をまとった矢が赤い軌跡を描き、一直線にPIROへ走った。
ボカァァァンッ!!
――轟音。
火矢が爆裂魔具を巻き込み、廊下を揺るがす大爆発が起こる。
爆炎が渦を巻き、熱風が三人を呑み込み、黒煙が一瞬で視界を奪った。
金属が歪む音と共に、瓦礫が火花を散らして宙を舞う。
衝撃で壁は裂け、天井が崩れ落ち、灼熱の火柱が夜を朱に染めた。
「うおおおおっ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
ライアンとリセルは床を転がって辛うじて爆風をやり過ごす。
焼大人は拳を構えたまま、爆風に体を焼かれつつもPIROを逃さぬよう炎の向こうを睨み続けた。
地獄のような轟きが、いつまでも廊下にこだまし続けた。
焦げた石の匂いと焼大人の奥義が放つ悪臭が混じり合い、廊下の空気は重く熱く、濁ったまま沈殿していた。
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