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永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜
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幕間:黒き囁き

 ――なんてことをしてしまったのか。

 胸の奥底で、氷の刃のような声が幾度も幾度も反響する。

 自分の心臓を内側から切り裂くように、冷たく、鋭く、止むことがない。


 孤児として生きてきた幼い日々。

 飢えと恐怖と孤独だけが友だった世界で、私を掬い上げてくれた人――あの人は、私にとってただの“姉”ではなかった。

 姉であり、母であり、時には未来そのものだった。

 その温もりだけが、私が人間であると信じられる唯一の証だったのに。


 姉さんが先に暗部へ入り、王国を陰から守るその道を示してくれた。

 誘われるように私も同じ道を選び、影として国と民を守る誇りある仕事を得た。

 もしあの手に拾い上げてもらえなければ、私は他の孤児と同じく、路地裏の闇に呑まれ、誰にも知られず死んでいたはずだ。

 あの日差しのような手を、私は決して忘れない。

 感謝してもしきれない――そう誓ったはずだった。


 だからこそ、何があろうと姉さんを守る。

 その背を、盾となって支える。

 それが私の存在理由。

 それだけが、生きてきた証だったはずなのに。

 それなのに……私の手は、あの姉さんの命を――。


 「リリィ」


 背後から、鈴を転がすような柔らかな声が、突如として静寂を破った。

 はっとして振り返る。


 「姉さん……!?」


 そこに――仮面を外した“うさぎ”がいた。

 光の粒をまとい、暖かな白光に包まれ、まるで夢の中から現れた幻のように。

 微笑みは昔のまま、何一つ変わらない。

 その優しい瞳を見た瞬間、張りつめていた心が一気に崩れ落ちた。


 「姉さん!!」


 リリィは堪えきれず駆け寄る。

 足がもつれ、何度も転びそうになりながら、必死に。

 そして、その胸へと縋りついた。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 嗚咽が言葉を塗り潰し、涙が頬を焼く。


 「あらあら、大きな子供ね。しょうがない子」


 うさぎはそっと両腕を広げ、リリィを受け止める。

 指先が髪を梳き、子守唄のように頭を撫でた。

 その手の温もりは確かで、懐かしい。

 まるであの孤児院の夜、震える私を抱きしめてくれた時のように。


 「もう過ぎたことはいいのよ」


 「でも……私、私……!」


 声にならない叫び。

 謝罪だけが、破れた心からあふれ出す。

 リリィは涙に濡れた顔を何度もうさぎの胸に押しつけ、ただ繰り返した。


 「もういいって」


 うさぎは変わらぬ笑みを浮かべ、しかしゆっくりと視線を遠くへ向けた。

 白い光の奥、そのさらに向こう――何かを見つめている。


 「そんなことよりも、サクラさんたちが人類の存亡をかけて今も戦っているわ。あなたにも、まだできることがあるはず」


 「そんなことじゃないっ! 姉さんがいない世界なんて、なんの意味もない!」


 声は震え、嗚咽が喉を裂く。

 世界が滲み、視界は涙で真っ白に溶けていく。


 「リリィ……。あなたは昔から、心が弱いわね」


 その声は優しさを含みつつ、どこか遠い。

 ほんのりと、氷の刃のような硬さが混じっていた。


 「姉さんだけが……私にはすべてだった。姉さんを失ったら……私は……」


 「……優しいあなたには、暗部は合わなかったのかもしれないわね」


 うさぎは静かに呟き、リリィの瞳をまっすぐ見つめた。

 柔らかな微笑の奥、かすかな翳りが一瞬よぎる。

 それは、深い深い闇の気配。


 そして――低く、甘く、囁くように言った。


 「私がサクラさんたちをサポートします。あなたの体を貸しなさい。

 すべてが終わったら、一緒に行きましょう。もう、ひとりぼっちになんてしないわ」


 リリィは息を詰め、震える声で「うん……」と答える。

 その胸に顔を埋め、何度も何度も頷いた。

 温もりを確かめるように、必死に。


 「リリィ、顔を上げなさい」


 うさぎがそっと顎を持ち上げ、遠くを指さした。


 「ほら、あそこ。黒い影が見えるでしょう?」


 リリィは涙で霞む目を凝らす。


 「……見える。あそこ……」


 「あそこに入れば、私が戻った時、すぐにあなたを見つけられるわ。 そこで待っていて。必ず迎えに行くから」


 「わかった! 先に行って待ってるね!」


 震える声を必死に張り上げ、リリィは涙を拭う。

 希望に縋る子供のように、黒い影へと駆け出した。

 その背中は、小さな光を纏ったまま、やがて闇に吸い込まれていく。


 ――そして、彼女の姿が完全に見えなくなったその瞬間。


 うさぎの表情から、微笑みが音もなく消えた。

 瞳の奥で、夜よりも深い闇がゆらりと揺れる。

 唇がゆがみ、冷たい影が頬を這う。

 やがて、ゆっくりと――悪魔のような笑みが、闇の中に浮かび上がった。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」

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