第142話:操り人形の悲劇
「……魔人は、すでに死んでいたということか?」
リクが魔王の言葉を受け、独り言を呟いた。
声は戦慄を帯び、喉の奥で震える。
「……そのようだな」
サクラが短く応じ、剣を握る手にさらに力を込めた。
鋼の甲冑が軋みを上げ、決意を帯びた音が玉座の間に響く。
「――ともかく、今となっては世界の命運は私たち二人に託された。魔王だけでも圧倒的な戦力差だ……だが、魔人が死んでいたことだけは、神に感謝するしかない」
言葉は固く、しかしその瞳には一片の迷いもなかった。
「……はい、そうですね」
リクは頷き、深く息を吸い込む。
肺が焼けるほどの緊張の中で、互いに視線を交わす。
「全力でいくぞ!」
「はいっ!」
二人は同時に地を蹴った。
瓦礫を砕き、亀裂を走らせる轟音と共に、二つの影が魔王へ一直線に迫る。
魔王は口元に愉悦を浮かべた。
その身体を覆う黒い靄が渦を巻き、空間ごと飲み込むかのように広がる。
次の瞬間――両腕を大きく広げた魔王の手に、背丈をも超える漆黒の大剣、禍々しき魔剣が形を成した。
「砕け散れェッ!」
横薙ぎに振り抜かれた一撃。
刃が空気を裂いた瞬間、衝撃波が奔り、玉座の間全体が揺れる。
空気が悲鳴を上げ、石床が抉れ、瓦礫が爆ぜ飛んだ。
リクとサクラは剣と盾を交えて受け止める。
だがその一撃はあまりにも重く、二人の身体は衝撃に耐えきれず同時に吹き飛ばされた。
リクは背中を瓦礫に叩きつけられ、肺から息が強制的に吐き出される。
サクラは鎧が衝撃を吸収したものの、足元には深々とした足跡が刻まれ、魔王の膂力の凄まじさを物語っていた。
「ハハハハッ!」
魔王は間髪入れず追撃を放つ。
「燃え尽きろォ!」
両腕から漆黒の炎が放たれ、竜巻のように渦を巻きサクラに襲いかかる。
黒炎は床を舐め、石すら溶かしながら広がった。
「これは中々消えにくい炎だぞ……鎧は頑丈でも、その中身はどうかな?」
魔王は楽しげに笑う。
「うぐぅぅぅぅぅーーー! 心頭滅却すれば……火もまた涼しっ!!」
サクラは吠えながら全身に闘気を漲らせ、鎧に黒炎が触れるや否や、衝撃波のように外へ押し返す。
鍛え抜いた精神と肉体、そして鎧に宿る力が合わさり、燃え盛る炎は霧散していった。
「効かぬ!」
咆哮と共に踏み込み、返す刃で魔王に切り込む。
剣閃が魔王の頬を掠め、鮮血が宙に弧を描いた。
だが次の瞬間、鎧ごと魔剣が叩きつけられ、サクラの巨体が弾き飛ばされる。
一方、リクは重力魔法に捕らわれていた。
「ぐぐぐぐっ……!」
全身が押し潰され、骨が軋む。
だが歯を食いしばり、丹田に力を込めると、全身から迸る気合で拘束を跳ね返した。
「はぁぁぁぁぁっ!」
跳躍し、渾身の一撃で魔王の胴を斬り裂かんと迫る。
――しかし、リクの刃が届く寸前、魔王の姿は霧散した。
残ったのは無数の黒いカラス。
「カァァァァッ!!!」
絶叫が四方に響き渡り、羽音が嵐のように吹き荒れる。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
リクは反射的に両腕で顔を庇い、目を閉じた。羽が頬を切り裂き、鮮血が散る。
散ったカラスは遠方で渦を巻き、再び魔王の姿を形作った。
「……クソッ!」
リクは剣を構え直した――その刹那、呼吸が一拍遅れた。
そこを影が突いた。
「リクッ!」
サクラの必死の叫び。
その一瞬の油断――リクの死角から閃光のように何かが走った。
「がっ……!」
振り向けば、鋭いクナイが肉に突き刺さっていた。
「ぐぅぅぅ……!」
痛みに呻きながらも、リクは反射的に剣を振り抜き、迫る影を弾き飛ばす。
瓦礫を蹴って軽やかに跳躍したその影は、距離をとって着地した。
その顔を見た瞬間――リクの瞳が大きく揺れる。
「リリィ……!?」
赤く染まった瞳が、焦点を結ばぬまま宙をさまよっている。
その口元には、笑っているのか泣いているのかわからぬ歪な表情が張り付いていた。
立ち姿もどこか不自然で、糸に操られる人形のようにぎこちなく揺れている。
それは確かにリリィの体でありながら、仲間のリリィではないと誰の目にも明らかだった。
「……っ! リリィ、なぜ……!」
サクラが絶望をにじませて叫ぶ。
「ハハハハハ!」
魔王の哄笑が玉座の間を震わせた。
「そやつは“姉”を自らの手で殺した。絶望に沈み、魂は脆く砕けた……残った器は、我が奪わせてもらったのだ!」
戦場の空気が凍りつく。
「なんだってっ!?」
「なんだとぉっ!?」
リクは脇腹を押さえ、サクラは唇を噛み締める。
赤い瞳のリリィは、もはや仲間ではなかった。
――魔王の操り人形として、二人に刃を向けていた。
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