第140話:仲間を裂く影
静寂の中、魔王とサクラ、うさぎ、ねこが対峙していた。
三人の瞳は研ぎ澄まされ、魔王のわずかな動きすら見逃すまいと集中している――はずだった。
だが次の瞬間。
「……はっ!?」
「……えっ!?」
「……んっ!?」
サクラ、うさぎ、ねこの視界から、魔王の姿が掻き消えていた。
慌てて周囲を見渡すと、気づけば魔王は別の場所に立っている。
「……今、動いたか!?」
サクラは魔王を視界に収めたまま、うさぎとねこに問いかける。
「……いいえ。何も確認できませんでした……」
うさぎの声音には動揺が滲んでいた。
「……同じく。私も完全に見失いました」
ねこは三人同時に見失った事実に、背筋を冷たくする。
「……視認できないほどの速さか……あるいは魔法か……」
その時――
「「「……っ!」」」
再び、視界から魔王が消える。
慌てて探すと、いつの間にか正面に立っている。
心臓が喉元までせり上がり、ドクドクと早鐘を打つ。
サクラたちは魔王が何らかの攻撃を受けている……が、何をされているのかがわからない。
「……サクラさん、魔王の足元の瓦礫を見てください。瓦礫がさきほどと変わっていません。……魔王はあの場所から動いていないんです」
うさぎの報告に、サクラは眉をひそめる。
「だとすると………………ん? 何か聞こえないか?」
サクラは耳を澄ませると、囁き声のようなものがかすかに混じる。
「……え?」
「……っ!」
うさぎとねこも気づき、耳を傾けた。
ヒソヒソヒソ……
やがてそれは子供の笑い声、怒号、日常会話へと姿を変え、次第にはっきりと聞こえ始めた。
「「「……っ!?」」」
「なんだと!?」
「三人共通認識する精神攻撃ですか!?」
「ねこ、この場合――私たちの五感が惑わされている可能性が高いっ!」
冷や汗が背を伝う。
「どうした? 早くかかってこい」
魔王の溜息交じりの声が響いた。
音に引かれて振り返った時には、また魔王を見失っている。
移動した気配も、空気の揺らぎもない。ただ気づけば、そこに「いる」。
否定すればするほど、声は鮮明になる。
人混みのざわめき、遠くから呼ぶ声――。
三人は互いに声を掛け合い、何とか冷静さを保とうとした。
しかし、目に映るものすべてが信用できない。
「見えている魔王」が本当に実体なのか――それすら疑わしい。
緊張が限界を超えた時――
「うさぎ、ねこ……無になれ。気配で魔王を追うぞ。できるな?」
「「はい!」」
三人は同時に瞼を閉じ、雑音を遮断する。
だが、その刹那。
「さて……誰を斬る?」
魔王の声が、頭蓋の奥に直接響いた。
直後、三人は同時にすぐ傍に“魔王”の気配を感じ取る。
* * *
「はぁぁぁぁ!」
うさぎは巨大な鎖鎌を振るい、気配へと全力で斬りかかった。
だが刃は確かに当たったはずなのに、硬質な音を立てて弾かれた。
「なっ……効かない!?」
* * *
「ぬおぉぉぉぉ!」
サクラは魔王の気配に向かって斬りかかる。
反撃の気配も確かに感じ取ったが、そこは鎧を信じて受け切る覚悟だった。
「……っ!」
魔王の攻撃は予想通りはじき返した。
だがサクラは剣を振り下ろす直前で動きを止める。
勘が告げていた――この一撃は決して振り下ろしてはならない、と。
* * *
「やぁぁぁぁ!」
ねこは鋼糸を操り、魔王の柔らかそうな部位を狙って気配に絡め取る。
「これで……!」
――ぶしゅぅ
入った!
糸は確かに食い込み、ねこは手応えを感じた。
目を開いた、その時――
* * *
そこにいたのは、魔王ではなかった。
「えっ……」
ねこは思考停止する。
糸に切り裂かれていたのは、鮮血を散らし崩れ落ちるうさぎの姿だった。
「……ねこ……どうして……?」
驚愕の眼差しをねこに向けたまま、うさぎは倒れる。
「……っ! そ、そんな……!」
ねこの瞳が大きく見開かれ、手が震える。
「う、うそ……お姉さま……どうして……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ねこは膝をつき、頭を抱え、涙を流しながら叫ぶ。
そして、魔王の哄笑が玉座の間に響き渡る。
「ハハハハハッ! 愚かだなぁ! 仲間の血で心を裂き、勝手に沈んでいけェ!」
サクラは強く唇を噛み、血がにじむ。
怒りに燃える眼差しで、魔王を睨み据えた。
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