第139話:漆黒の進化
「――ダブル・メタライズッ!」
サクラ元団長の身体が漆黒に包まれた。
幾重もの黒き鎧が折り重なり、闇を圧縮したかのような巨躯が瞬く間に形を取った。
松明の炎は吸い込まれるように揺らぎ、赤い絨毯に伸びた影が生き物のように脈動した。
闇を纏う漆黒の姿は、光を拒みながらも圧倒的な存在感を放ち、玉座の間の視線を一身に集めていた。
だが、その漆黒はただ重苦しいだけではない。
装甲の縁からは圧縮された力が迸り、空気を震わせ、まるで矢が放たれる直前の弦のように、俊敏な力の爆発を予感させた。
石床が細かく振動し、軋む音を立てる。
それは重量のせいではなく、彼の内に秘められた圧倒的な力が漏れ出し、周囲を押し潰しているからだった。
圧倒的な重装の巨躯でありながら、縁から放たれる気配は鋭利な刃そのもの。
まさに、重厚さと俊敏さを同時に宿した存在だった。
「……貴様、禁忌の素材を使っているな!」
魔王ルシファーが瞳を細め、怒気を孕んだ声を響かせる。その声音には苛立ちと同時に、かすかな警戒もにじんでいた。
後方では、Fum技長が目をきらきらと輝かせ、両腕を広げて舞台の演者のように声を張り上げた。
「憤怒の魔人戦を経て、天才の俺が反省点を洗い出した! そして導き出した答え……それが、サクラ団長のさらなる進化形だ! ただ硬いだけじゃない、とがった防御力が、さらにとがったのだ! サクラ団長~! 長く戦ってデータとっといてね! 俺はこの未知の空間を調査するのに忙しいから! でも暗部の二人もいるし、何とかなるでしょ!」
落ち着きのない口調は、まるで止まらぬ機械のように言葉を吐き続ける。
視線は四方八方へと泳ぎ、興奮が抑えきれないのがありありと伝わってきた。
「……まったく、落ち着きのない人ですね」
うさぎが冷ややかな声を発した。白い兎の仮面がわずかに揺れ、視線は隣のねこへと移る。
「ねこ、私が前に出て牽制し、サクラさんを支援します。あなたは後方から援護なさい!」
「はいっ、お姉さま!」
ねこは背筋を伸ばし、恭しく答えると両手を握りしめた。その声には緊張と高揚が入り混じっている。
「行きます!」
うさぎが地を蹴った。
床石が砕け、白い影が疾走する。
彼女の体ほどもある巨大な鎖鎌が唸りを上げて宙を舞い、刃は獣の牙のように鋭い軌跡を描いて魔王を狙った。
「ふん……!」
ルシファーは上体を逸らし、余裕を見せながら回避する。
しかし鎖鎌は空気を切り裂き、まるで意思を持った生き物のように軌道を変え、魔王の背を追い続けた。
「鬱陶しいッ!」
魔王は片手で鎌をはじき返し、返す手で黒曜石の礫をいくつも生成。
稲妻のような速さで投げ放った。
「させません!」
ねこが即座に跳び出す。
両手甲から鋼糸が閃き、幾重もの線が蜘蛛の巣のように張り巡らされる。
黒曜石はその糸に触れた瞬間、鋭利な切れ味で粉々に裂け散った。
「まだだ……!」
魔王が低く呟き、掌に闇を凝縮する。闇の玉――黒き魔弾がうねりながら膨張し、周囲を埋め尽くすように乱舞した。
「くっ……!」
うさぎは軽やかなステップで、最小限の動きだけで玉を避けていく。
闇の球体が衣の端をかすめ、焼け焦げた臭いが立ちのぼった。
だがサクラは微動だにせず、石床を踏みしめたままだった。
「……突破する!」
轟音が玉座の間を揺らす。
サクラが地を蹴った瞬間、足元の床石は粉砕され、蜘蛛の巣状の亀裂が四方に広がった。
迫る闇の玉は直撃したかに見えたが、鎧に覆われたサクラには一切通じない。
そのまま黒き奔流を正面から突破し、矢のごとき速度で魔王に迫った。
「愚か者が……!」
ルシファーは目前で両手を掲げ、漆黒の障壁を展開する。
闇が壁を形作り、圧倒的な防御力を誇示する。
「――ッ!」
次の瞬間、サクラの突進は障壁に激突し、凄まじい轟音を響かせて弾かれた。
衝撃波が空間を震わせ、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
やがて轟音が消え、玉座の間には砂塵の舞う気配だけが漂った。
「……硬いな」
闇の向こうから、魔王の低い声が響いた。
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