第138話:紅の空に響く指揮
ロビンの呼吸は荒く、肩が上下に大きく揺れていた。
指先から生まれた光の矢を握りしめ、汗で震える手を必死に制御する。
彼女の眼差しは正面――瓦礫を踏みしめながらゆっくりと歩を進めてくる、異形の男に注がれていた。
「……おまえの消耗、見てとれるなぁ」
takがにたりと笑い、爛れた声を吐き出す。
「こいつは俺が直接やるか。首をねじりきる楽しみは、他のやつに奪われたくないからな。ヒャッヒャヒャヒャ……」
だがその笑みはすぐにいやらしい形へと歪む。
「でもまぁ……他のガーゴイルどもを、遊ばせっぱなしにする理由はないよなぁ?」
「まさか……!」
ロビンの目が見開かれる。
takは肩を揺らして笑った。
「……気づいていないと思ったかぁ? おまえが密かに――逃げ遅れた連中を守っていることに。ヒャッヒャヒャァァァ!」
「喰い散らかせッ!!!」
その号令と同時に、周囲に群れていたガーゴイルが一斉に咆哮を上げ、四方へ飛び散る。
建物の陰、瓦礫の奥――隠れていた王国民たちの悲鳴が次々とあがる。
幼い子を抱きしめて逃げる母親、足を引きずりながら必死に走る老人――その背へ、ガーゴイルの牙が容赦なく食い込む。
骨の砕ける音、肉を裂く感触、血飛沫が赤い雨のように宙を舞い、夜の王都を塗りつぶしていった。
瓦礫から追い立てられ、逃げ惑いながらも見通しの良い場所に出てしまった者たちは、次々に群れに飲み込まれていく。
「やめろぉぉーーーっ!!!」
ロビンの絶叫は掻き消される。
takはその混乱を楽しむように、翼を広げて突進してきた。
「周りを気にしてる場合かよォォォ!」
刹那、爪が閃き――すれ違いざまにロビンの脇腹を削ぎ落とした。
「ぐふぅぅぅッ……!」
血が口から溢れ、膝が崩れそうになる。
だがロビンは必死に踏みとどまった。
視界の端には、泣き叫ぶ子供の姿が見える。
――ここで倒れれば、誰が守る?
脇腹から溢れる血を押さえつけ、膝が崩れそうになるのを歯を食いしばって耐えながら、低く呟いた。
「……調子に……のるなよ……!」
彼女は理解していた。takのような速度を誇る相手に、通常の矢では届かない。
狙ってもかわされる。だが逆に――一瞬でも直線に走る瞬間があれば、その軌道を貫くことはできる。
その“たった一度”に賭けるため、ロビンは弓を変化させた。
次の瞬間、弓がうねり、巨大な兵器へと変貌を遂げる。
鉄と木の軋む音が響き、腕を数本も重ねたかのような大弩――バリスタがその姿を現した。
「……これなら、一撃で仕留められる……!」
だが照準は定まらない。
takは不規則な軌道で空を駆け、笑いながら自らの身体を切り裂く。
「気持ちいぃぃぃぃぃぃいいいいい」
鮮血をまき散らしながら、彼はエクスタシーに浸り、さらに速度を増して飛翔する。
「……ああ、イイネイイネイイネイイネイイネイイネイイネイイネ……!」
やがて、その視界に一人の人影が映った。
瓦礫の隙間から這い出し、必死に走る一人の女性。
takの顔に、いやらしい笑みが浮かぶ。
「いただきまーす……」
翼を震わせ、一直線に急降下する。
女は背後の異変に気づき、恐怖に突き動かされて振り返った。
迫る影を目にした瞬間、体はすくみ、表情は恐怖に引きつった。
「……っ!」
takの爪が、今まさに届こうとした瞬間――突如、takの動きが止まる。
「…………」
女性は恐怖に硬直し、takは何故攻撃を止めたのかわからない。
その時間は長く感じられたが、現実は一瞬。
そして――空気を裂く轟音が響いた。
それは矢とは思えぬほど重く鋭い音。
バリスタの弦が限界を超えて唸り、光を帯びた魔力の矢が雷鳴のような轟きを伴いtakを貫いた。
takの胴に、ぽっかりと穴が開く。
血が噴き出し、身体が揺らいだ。
「……XANAKID……?」
虚ろな声を漏らしながら、その場に崩れ落ちていく。
その閃光のような魔力の矢を放ったのは、ロビンだった。
肩で荒く息をし、腕は震えている。
弦を引き切った衝撃で全身が悲鳴を上げていたが――それでも彼女は弓を握り続けていた。
ここで崩れるわけにはいかない。
takという強敵を討ち取った今もなお、戦場は終わっていないのだ。
「……ガーゴイルを指揮していた者は討った! 残党を掃えッ!!」
その声が夜空を突き破り、周囲の兵たちに力を取り戻させる。
* * *
地面に伏したtakは、まだ息があった。
虫の息で、先ほどの女を見上げる。
「……チッ……似ても似つかねぇじゃねぇか……」
女は絶叫しながら、瓦礫の陰へ逃げ去った。
takの瞳からは徐々に光が失われていく。
「未練……でも……あったのか……?」
かすれた声とともに、彼の口元から黒い血泡が零れる。
翼は砂のように崩れ落ち、爪も牙も無力な塊と化していく。
王都を恐怖に陥れた怪物は、今や瓦礫に埋もれたただの骸でしかなかった。
――だが、戦場はその骸に目を向ける暇すら与えない。
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