第137話:各地の戦場
王国を覆う混乱は、もはや一都市に留まるものではなかった。
空から降り注ぐ無数のガーゴイルは、同時多発的に各地へと飛来し、人々を襲い、街を蹂躙していった。
騎士団と民兵、そして領主たちは必死にこれを迎え撃ち、王国全土がまるで燃え上がる炎の中に投げ込まれたような有様となっていた。
* * *
交易都市バルナ。
かつては人と物資が集まり、賑やかに声が交わされる場所だった大通りも、今は避難の叫びと甲高い翼音に覆われていた。
「戦えない人は建物に入って、決して外に出ないでください!」
声を張り上げるのは「白銀の矢」団長――なん。
鋭い指示が飛ぶたびに、白銀の矢の騎士たちは的確に動き、市民を導き、迫る魔の群れを矢で撃ち抜いた。
「白銀の矢! ガーゴイルの侵入場所は予測がつかない! 三人一組で散ってください!」
彼女の指揮は冷静そのものでありながら、声には不思議な力が宿っていた。
震える民衆がその声に従い、瓦礫の影に身を寄せる。
部下の一人が息を荒げながら問いかける。
「団長、このままでは防ぎきれません!」
なんは鋭く矢を放ち、迫るガーゴイルの翼を撃ち抜いた。
「怯えるな! 一匹ずつ確実に落とせ! 私たちが道を繋げるんだ!」
* * *
セリオス山脈。
雪解けの岩肌を覆うように、黒き影が群れを成して舞い降りていた。
その中心に立つのは「蒼天の剣」団長・SILVER。
陽光を反射する長剣を肩に担ぎ、岩場を踏み鳴らすように声を響かせた。
「おまえらぁ! ここを抑えられると王国民の物流がピンチだ! 必ず守るぞ!」
鋭い叱咤に、周囲の兵たちが気合を込めて返す。
「応ッ!」
剣と盾が構えられ、前列が壁のように並ぶ。
後列からは槍と矢が雨のように降り注ぎ、次々とガーゴイルを地に落としていった。
SILVERは笑みを浮かべる。
「かかってこい……この山は俺たちが死守する!」
その声は雷鳴に似て、兵の士気をさらに鼓舞した。
* * *
工業都市マルガト
金属の匂いと煙が充満する街路に、甲高い咆哮が響き渡った。
「紅蓮の盾」団長・aizは赤く染まった大盾を掲げ、前線へと突き進む。
「錐行の陣を敷け! マルガトの中に入るぞ!」
その声に応じ、重厚な鎧をまとった兵たちが素早く三角の陣形を組む。鋭い先端で敵陣を割り、左右の兵が防御を固め、まるで槍の穂先のように狭い路地を突き進んでいった。
彼らが目指すのは、すでに門を閉ざし籠城戦を続ける同胞たち。
街中の仲間たちは市民を守りながら必死に耐えていたが、増援なくしてはいつ瓦解してもおかしくない状況だった。
「団長! 前方に敵が密集しています!」
「ならば突破する! 盾を押し出せ!」
aizは迷わず前進を命じた。赤き盾が一斉に押し出され、ガーゴイルの爪や牙を火花と共に弾き返す。その衝撃に兵がよろめくが、すぐに体勢を立て直す。
「後退するな! 我らが突破せねば、マルガトの仲間が持たん!」
その言葉が兵士たちの胸を打ち、さらに足取りが力強くなる。
狭い路地は敵の群れで埋め尽くされていたが、錐行の陣は確実に道を切り開き、瓦礫の間を押し進んでいった。
* * *
港湾都市エルド。
潮風に混じるのは血の匂い、そして割れた石畳の粉塵。
「漆黒の鎧」団長・senは、海沿いの街路で仲間たちを率いていた。
「友軍と協力して挟撃するぞぉ! 合わせろぉ!」
彼の声はやや軽やかでありながら、不思議と緊張を和らげる力を持っていた。
騎士団はその声に従い、左右から一斉に駆け出す。
「今だ、落とせ!」
漆黒の鎧の兵たちが波のように押し寄せ、飛びかかるガーゴイルを斬り伏せる。
海面には赤い飛沫が散り、沈む魔の影を波が飲み込んでいった。
「よし、港は渡さないぞ!」
senの声が、仲間の胸を強く打った。
* * *
そして、各都市を越えた広域避難を指揮するのはMsaki公爵である。
「効率よく避難させろ! 焦るな! 慌てるな!」
公爵軍は地図にない小径を進み、民を安全な都市へと導いていた。
案内役として雇われた地元の者たちが、明確に記されていない道を次々と開き、民衆の流れを滞らせない。
「村を放棄してもらうのは苦渋だが……今は命が最優先だ!」
Msaki公爵の声に、兵たちが頷き、子供を抱いた母親や老いた者たちを必死に支えながら進む。
「公爵様、追っ手が!」
「防衛隊を回せ! ここは通すな!」
鋭い号令が響くたび、混乱の中にあった避難民たちの顔に、わずかな安堵が戻っていった。
* * *
王都だけではなく、王国全土が炎に包まれていた。
それでも、団長たちと公爵の声は人々を導き、絶望に抗う希望の光となっていた。
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