幕間?【PENPENZ】28:ほめてよ、バタケ
「はぁ……はぁ……」
太郎は全身を上下させ、肩で荒い息をつきながら棍棒を支えていた。
小さな羽毛は土煙にまみれ、額からは汗が滲み出ている。
その姿は、必死に残心を保とうとする戦士のようで、普段の幼さが嘘のように見えた。
「あ、あうあた……!?」(か、勝った……!?)
花子の声が震える。
小さな翼を胸の前でぎゅっと合わせ、目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「あいあう、うえー……!」(にいちゃん、すげー……!)
次郎は呆然としながらも、その丸い瞳をきらきらと輝かせ、尊敬の眼差しで兄を見上げる。
「あーあう、ああういー!」(にいちゃん、かっこいー!)
三郎はもう感情を抑えきれず、短い脚でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「あっあー!」(やったー!)
良子は翼をぱたぱたと打ち鳴らし、弾けるような笑みを見せる。
「……あ、あうう……」
その歓声を浴びながら、太郎はふっと力を抜き、背中から地面に尻餅をついた。
全身の力が抜けるのを感じつつも、彼は微笑みを浮かべ、かすれた声で呟く。
「あぅ、あおせあー……うかえたー……」(ふぅ、倒せたー……疲れたー……)
砂埃に包まれたその笑みは、子どもらしくもあり、同時に立派な戦士のものでもあった。
* * *
やがて、戦闘の余波が静まり返り、少しずつ五羽は自分たちの体の異変に気づいていった。
「腫れが……引いてきたー!」
次郎が自分の頬を触り、驚きと喜びを混ぜた声を上げる。
「足が動く! 飛び跳ねられるわ!」
花子はその場で軽くステップしながら、元気よく羽を広げた。
「よかったー。ずっとしゃべられないかと思ったよー」
三郎が胸をなで下ろし、涙をにじませながら笑う。
「……俺はもう少し……」
太郎はまだ疲労が残っているのか、額に手を当てながらも、確かに回復してきていた。
兄弟たちはその様子を見て、自然と互いに目を合わせ、少しの安堵を共有した。
「なんか……すごいね……」
良子が呟く。
彼女の視線は、戦場の中心――こった姫の遺体に向かっていた。
「あの人、にいちゃんの攻撃と……あそこの大きな四角い石のサンドイッチになってぺったんこだね」
次郎が首を傾げながら指差す。
「ほんとだ……石にべったり貼りついちゃってるわよ」
花子が恐る恐る近づき、思わず羽で顔を覆った。
「……うゎあぁぁっ! この人すごい顔で固まってる……!」
「ひぃぃぃ、絶対怨念が宿ってるって!」
三郎と良子は同時に叫び、羽をばたつかせて後ずさる。
遅れて立ち上がった太郎も近寄り、眉をひそめて顔をしかめた。
ようやく、自分たちがやり遂げたことの重さを実感する。
「……こ、怖いけど……ほんとに……倒せたんだな」
深く息を吸い込み、震える声を押し出すように言う。
「俺たちが戦う前に、バタケがダメージ与えてくれてたのが大きかったんだろうな……」
その言葉と同時に、太郎の脳裏に一人の姿がよぎった。
はっと顔を上げ、瞳を輝かせる。
「そうだ! バタケ、もう回復したかも! みんなで行ってみよう!」
「わ、私……バタケに褒めてもらおー!」
「ボ、ボクもー!」
兄弟たちは一斉に駆け出した。
その小さな瞳には、希望と喜びがあふれていた。
* * *
「バタケー!」
「起きてー!」
「はやくー!」
みんなが口々に叫びながら、横たわるバタケに群がる。
太郎は巨体を両腕で揺すり、必死に声をかける。
「バタケ! もう勝ったんだ! 起きろよ!」
次郎も三郎も、花子も良子も、羽をばたつかせながら呼びかけた。
「バタケーーー!」
「はやく起きてーーーー!」
しかし――動かない。
最初は気づかなかった。
けれど、胸の奥に冷たい違和感が少しずつ広がっていく。
「……ねえ……」
花子の小さな声が震えた。
「バタケの体……冷たいよ……」
「「「「え……?」」」」」
全員の顔が凍りついた。
「ま、まさか……」
次郎の声が裏返る。
太郎も青ざめながら必死に揺さぶるが――返事はない。
現実が容赦なくのしかかり、PENPENZは同時に悟ってしまった。
――バタケは、もう二度と目を覚まさない。
* * *
「うわあああああああんっ!!」
太郎が泣き叫びながら、巨体に抱きつく。
「俺たちやったよ! 怠惰の魔人を倒したんだ!」
「まさか……まさか回復しないなんてーー!」
「じ、自分が助からないって……わかってたから……私たちにがんばるように言っていたのぉぉーーーっ?!」
三郎と良子は涙でぐしゃぐしゃになりながら、声を張り上げる。
「ほめてっ……ほめてよ……!」
最初は小さく、かすれた声だった。
「ねえ、バタケ……褒めてよぉぉぉーーーっ!!」
次の瞬間、押し殺していた感情が一気に溢れ出し、五羽の泣き声が重なった。
その嗚咽と絶叫は、空中に漂う赤い空気の中へと吸い込まれていった。
返事のない胸に縋りつきながら、彼らの声は血のように染まった空に、いつまでも溶け続けていた。
――魔王城の影が覆う空に、その泣き声だけが虚しく響き渡っていた。
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