第136話:静かなる傭兵、仲間を守るために
「……すまない」
リセルが、唇を震わせながらうつむき、声を絞り出した。
コルクが自分を庇ったせいで命を落とした――その事実が心臓を直接突き刺すように胸を痛める。
視界の端でなお揺れる尻尾の残像が焼き付いて離れず、喉の奥がきしむ。
Daiはそんなリセルを横目に見て、短く首を振った。
そして、いつもの穏やかさを無理やり形づくるように、血に濡れた顔へ笑みを浮かべる。
「気にしないでください。あいつは……誇りを持って仲間を助けた。後悔なんて、きっとない。むしろ、誇らしいと思いますよ」
静かに告げる声は震えていなかった。
長年の戦場で幾度も別れを経験してきた傭兵の声。
だが、胸の奥では張り裂けそうな痛みが暴れ回っていた。
そして一歩踏み出し、剣先をわずかに持ち上げた。
「さぁ――来ますよ」
その言葉を合図にするように、再び影が迫った。
床を削り取る重い足音が雷鳴のように轟き、振動が足裏を突き抜けて全身に伝わる。
次の瞬間には残像すら残さず殺到し、風圧が廊下の瓦礫を巻き上げ、頬を切り裂いた。
圧倒的な気配。
鋭く張り詰めた空気が刃物となり、四人の皮膚を細かく切り裂くようだった。
ライアンは片腕を失い、立っていることすら奇跡のようだった。
握りしめた大剣は震え、切っ先は定まらず、振るう度に金属音が虚しく響く。
斬撃は空を切り裂くだけで、相手に傷一つ与えられない。
胸の奥に広がるのは、自分がもう足手まといでしかないという冷酷な現実。
戦士としての誇りが、砕けた左腕と共に床に転がっていた。
かつて誰よりも勇敢だった戦士が、今は魔人の舞台で子供の遊戯にも劣る――その残酷な現実を、当の本人が誰より理解していた。
「ライアン!」
「正念場じゃい!」
リセルと焼大人の声が、ほとんど悲鳴のように響く。
「来るんじゃねぇ!」
ライアンは吠えた。
荒い息と共に喉を裂く叫び。
「俺はもう……ここでいい! 俺に構うな!」
朦朧とする意識の中で、残された力を振り絞り、大剣を振り下ろす。
だが――。
PIROは余裕の笑みを浮かべ、軽く身をひねっただけで、巨剣の軌道を紙一重でかわした。
「……終いだ」
低く響く声。
鋭い手刀が、稲妻のようにライアンの頭上に振り下ろされる――。
「――やめろぉぉッ!」
脳裏をよぎったのは、コルクが血に染まりながらも尻尾を振った最後の瞬間。
守ろうとしたその眼差し。
小さな声。
温もり。
胸の奥を引き裂くような記憶が稲妻のように閃き、気づけばDaiの喉から絶叫が迸っていた。
理屈も理由もなかった。
ただ全身が突き動かされ、腕も脚も意志に先んじてPIROへと飛び込んでいた。
振り返ったPIROの瞳が、わずかに細められる。
そこに宿ったのは冷笑。
「隙だらけだ」
――ドシュッ。
瞬きよりも早く、鋭い手刀がDaiの胸板を深々と貫いた。
骨が裂け、臓腑が灼かれる。
背中を突き抜けた熱が廊下の冷気と混じり合い、異様な痛覚が脳を焼いた。
「……っ!」
衝撃に背がのけ反り、目を大きく見開いたまま、口から鮮血が迸る。
熱い赤が宙に散り、ライアンの頬を染めた。
「「「Dai!!」」」
ライアン、リセル、焼大人――三人の叫びが重なり、廊下を揺るがす。
だが、それでもDaiは崩れ落ちなかった。
胸を貫いた手刀を抱え込むように両腕を回し、逆にPIROの体へとしがみつく。
刃がさらに肉を割き、骨を裂く。激痛に意識が白く飛ぶ。
「……っ!?」
わずかに驚きの色が宿り、PIROの目が細く見開かれる。
その視線を正面から受け、Daiは血に濡れた唇を吊り上げた。
「先に逝って……コルクと、ディナーの準備をしておきます」
掠れる声に、無理やり明るさを混ぜた。
血に濡れた唇から零れる笑みは、どこまでも戦場らしくない。
だからこそ、仲間たちの胸を締め付けた。
懐から取り出した爆裂魔具が、閃光を放つ。
赤い光が一瞬で廊下を染め、熱が頬を焼く。
「先に……こちら一杯分、勘定に入れておきますね!」
轟音。
爆炎。
怒涛の衝撃。
狭い廊下が地震のように揺れ、壁が裂け、天井が崩れ落ちる。
瓦礫が雨のように降り注ぎ、火花と血煙が混じり合って地獄の光景を描き出す。
耳を劈く轟きの中で、仲間たちの叫びだけが鮮明に響き渡った。
「う……あぁぁっ、D……Dai――ッ!」
ライアンが大剣を盾に爆風を耐え、炎に焼かれる。
「「Dai――!!」」
ライアン、リセル、焼大人の絶叫が、爆煙を裂いて木霊した。
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