第129話:強欲の魔人、初撃
重苦しい空気の中、ライアンが大剣を肩に担ぎ直し、鋭い眼光で前を睨んだ。
汗が額を伝い落ちるのをそのままに、口を開く。
「……なぁ焼大人。あのソニックムーブ、どう対処する?」
刹那、静寂を切り裂くように放たれた問い。
仲間たちの呼吸が一瞬止まり、視線が焼大人へ集まる。
焼大人は目を細め、顎を引くと、低く鋭い声で答えを返した。
「まずは散って距離をとれ! あやつの“ソニックムーブ”は直線にしか走れん。一人を狙えば、残りは生き残る。……皆の者、恨みっこなしぞ!」
その言葉は戦術であると同時に、命の選別を告げる冷酷な宣告でもあった。
だが仲間たちの目には恐怖の影はなく、それぞれの中で静かに燃える炎が灯っていた。
「へっ、今さら恨みっこなんて性に合わねぇな」
ライアンは口元を歪めてニヤリと笑う。
その笑みは虚勢ではなく、迫る死を前にしてなお熱を帯びる戦士の本能。
「ふふ、覚悟はとっくにできてる」
リセルは矢を番え、呼吸を整えた。
指先は揺らぎなく、張り詰めた空気を引き絞った弓へと込めていく。
「俺も同感だな。まぁ、死ぬ前に一杯やりたいけどね」
Daiがナイフを指先で弄びながら、肩をすくめてみせる。
軽口を叩くその声は震えていない。
むしろ場の空気をほぐし、仲間に冷静さを取り戻させる力があった。
張り詰めた場の中で、不思議な一体感が漂う。
それは死地に立つ者たちだけが分かち合える、戦友の絆そのものだった。
「なら、やるぞ!」
ライアンが叫び、大剣を振りかぶると、天井に向けて斬撃を放つ。
――ズガァァンッ!
轟音が石造りの廊下に反響し、漆喰と彫像の破片が雨のように降り注いだ。
崩れた石材が赤い絨毯を裂き、白い粉煙が視界を覆い尽くす。
「よし、これで奴の軌道が少しは制限できる……!」
ライアンの声に仲間たちが応じるより早く――。
――シュンッ!
空気が裂けた。
目にも止まらぬ速さで、PIROの姿が視界から弾かれるように消えた。
残像だけを残して放たれたのは、必殺のソニックムーブ。
「ワンッ!」
コルクが吠えた。
背毛を逆立て、低く唸りながら前足を踏み鳴らす。
その吠え声は、迫る殺意を誰よりも早く察した警鐘だった。
「来るか!」
ライアンが即座に反応する。
体をひねり、後退する。そのわずかなバックステップが命を繋いだ。
PIROの疾走は髪の毛を掠めるほどの距離を通り抜け――すれ違いざま、大剣が閃いた。
――ガキィィン!
火花が散り、鋼鉄を裂くような轟音が響く。
刃はPIROの肩口を掠め、血飛沫が宙を舞った。
「今だ!」
ライアンの咆哮が響く。
「任せて!」
リセルの矢が放たれ、空気を切り裂く。
しかしPIROは身を翻し、影のようにかわした。
「そこだぁぁッ!」
避けた先には焼大人。
両掌から迸る気弾が轟音を伴って爆ぜ、PIROを包もうとする。
「チッ……!」
PIROは舌打ちし、壁を蹴って天井へと跳躍。
弾丸のように直撃の軌道から身を逸らした。
「まだ終わりじゃないですよ!」
Daiの声が響く。
空中に逃れたPIROの前方へ、Daiのナイフが閃く。
銀の刃が空中で進路を塞ぎ、避け場を奪った。
――ガキィン!
PIROは腕で受け流すが、袖が裂け、白い肌に赤い線が走った。
血が一滴、石床に滴り落ち、黒く濡れた石畳に赤い染みを広げる。
「ふぅ……助かったぜ」
ライアンは荒い息を吐きながらも、笑みを浮かべて大剣を構え直す。
彼の背中に漂うのは、恐怖ではなく昂ぶりだった。
PIROは肩口の傷をちらりと見やり、口の端を吊り上げる。
「……いい連携だ」
その声は、不気味なほど落ち着いていた。
血を流しながらもなお、獲物を狩る獣のような眼光を放っていた。
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