第128話:翼の影、弓の光
粉塵はすでに地面に吸い込まれ、跡形もなく消えていた。
しかし空気はまだ重く、鉄錆と血の匂いが喉を焼くように充満している。耳の奥では、ついさっきまで響いていた轟音が残響となってこびりつき、じわじわと神経を削っていく。
遠くでは断続的な矢鳴りと金属の衝突音が響き、石壁を打った破片が乾いた雨のように降り注いでいた。瓦礫の隙間からは熱気が立ち上り、夜の空気に濁った揺らぎを描く。
* * *
王都南門付近――。
崩れた門壁の影に、ロビンは片膝をついて息を整えていた。肩は上下に波打ち、額を伝う汗は砂と血で薄く黒ずみ、頬をつたうたびにざらりとした感触を残す。それでも、彼女の手は弓を離さない。矢を番えたまま、鋭く前方を射抜く視線だけが揺らぎを見せなかった。
周囲は炎に包まれた家屋、崩れ落ちた防壁の残骸、そしてそこに群がる数十体のガーゴイル。燃え盛る赤が影を伸ばし、その影が生き物のように蠢く。
その向こう、瓦礫を踏みしめながらtakが姿を現す。翼をゆっくりと広げ、わざと重々しい足取りでこちらへ近づいてくる。その背後では数体のガーゴイルが浮遊し、まるで主の思考をそのまま共有しているかのように旋回を続けていた。
「……まだ足りねぇな」
低く吐き捨てた瞬間、takの影が四方に散った。実体と幻影が入り乱れ、どこからが本物かわからない。次の瞬間、遠距離からの魔弾、翼の斬撃、そしてガーゴイルの突撃が一斉に押し寄せた。
ロビンは迷わず弓を長弓形態へと変え、瞬時に魔力を圧縮して放つ。
鋼索のように張り詰めた矢は、前列のガーゴイルを正確に貫き、その残骸を盾にしてtakの斬撃をわずかに逸らす。
しかし間髪入れず、横合いから牙が迫る。
ロビンは弓を短弓へと戻し、矢を三連で撃ち込み、突進の勢いを逆に利用して敵を瓦礫へ叩きつけた。甲殻が砕け、鈍い音が夜空に響く。
「はは、いい音だ……もっと聴かせろ」
頬の皮膚を裂いたまま笑うtak。その目は血走り、興奮と嗜虐で輝いている。
背後のガーゴイルが一斉に散開し、ロビンの射線を潰しにかかる。
矢の軌道は限られ、視界も狭まる。だがロビンはその制限を逆手にとり、甲殻の継ぎ目だけを狙い撃った。
金属質の破片が宙を舞い、動きを鈍らせた敵から順に間引いていく。
だが――。
takは着実に距離を詰めていた。翼の影が大きくなり、ついにその存在感が視界を埋め尽くす。
刹那、爪が喉元をかすめ、空気が裂ける音が耳を打った。
「チッ……!」
ロビンはバックステップで間合いを取り直し、即座に矢を番える。
だがtakは追撃を焦らず、残ったガーゴイルを前に出して壁を作る。
「消耗戦に持ち込む気か……」
息を整えながら、ロビンは胸の奥で脈打つ魔力の残滓と、鉛のように重くなった四肢の感覚を探った。
呼吸が乱れれば狙いも鈍る。
だが目の前の男は、疲れを見せない怪物だった。
その時――背後から爆音が響いた。
地平の向こう、別の戦場で炎の柱が立ち上り、夜空を鮮やかな赤で染め上げる。揺らめくその光景が、一瞬だけロビンの注意を引いた。
「……あっちは持つか?」
視線がわずかに逸れた、その刹那。
「よそ見すんなよ、お嬢さん」
takの声が耳元に迫る。爪が弓の弦を弾き、ロビンの手首に衝撃が走った。
指先の感覚が鈍り、弓を取り落としそうになる。だが彼女は即座に魔力を指先に叩き込み、形作った矢を逆手に握ってtakの翼すれすれへと投げ放つ。
takは軽やかに回避し、唇を吊り上げた。
「その意地、嫌いじゃねぇ。でも――」
一閃が走り、凄まじい風圧が地面を抉る。瓦礫と砂塵が弾け飛び、世界が一瞬で真っ白に閉ざされる。
視界を奪われた空間に、低く唸るような声が響いた。
「次で終わりにしてやる」
視界を覆う闇が迫り、刃のような殺気が空気を軋ませる。
ロビンは砂塵の向こうを睨み、指先に力を込めた。心臓の鼓動が耳に響く中、筋肉の一本一本が張り詰めていく。
――そして次の瞬間、視界を裂く閃光と衝撃音。
決着は、まだ訪れない。
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