第127話:禁忌を告げる声
背後から轟音が響き渡った。爆ぜるような衝撃音が幾重にも重なり、石造りの廊下そのものが震える。
振り返らずとも分かる――ライアンたちが、ついに強欲の魔人PIROとの死闘を始めたのだ。
リクもエリナも足を止めなかった。
耳に焼き付く戦いの気配に心を揺さぶられながらも、二人はただ前へ。仲間たちの覚悟を噛みしめ、石の階段を一段、また一段と必死に駆け上がる。
背後の轟音が、まるで「決して振り返るな」と告げているようだった。
やがて、最後の段を踏みしめる。
息を切らせながら顔を上げた二人の視線の先――そこには巨大な両開きの扉がそびえ立っていた。人の背丈など軽く十倍はあろうかという、威圧そのものを形にしたような扉。外観からは到底想像できぬほど荘厳で、近づくだけで全身を押し潰されるような重圧がかかる。
リクとエリナは立ち止まり、互いに視線を交わした。
リクは拳を固く握りしめ、絞り出すように声を張る。
「行くぞ!」
「うん!」
エリナは強い瞳で頷き返した。その返事が、二人の心を決戦へと縛り直す合図となる。
――ギィィィ……。
扉を押し開いた瞬間、重苦しい音とともに、二人の目の前に広がったのは異様なまでの闇だった。
足元には赤い絨毯だけが真っ直ぐに延びている。しかし周囲は墨を流し込んだかのように漆黒で、壁も天井も、何ひとつ存在していない。光も音も吸い込まれるようで、歩を進めるごとに靴底の音さえも、虚空に呑み込まれて消えていく。
「……ここ、本当に“部屋”なの?」
エリナが不安げに囁く。
「壁も天井も……何も見えない。まるで、闇に飲み込まれそうで……」
その声がわずかに震えているのを、リクは聞き逃さなかった。
彼は剣を抜き、鋭く周囲を見渡す。
「気を抜くな。幻惑かもしれない。だが――道があるなら進むしかない」
強がるように言い放ったが、喉の奥は乾き、心臓は高鳴っていた。
二人は肩を並べ、絨毯の上を一歩、また一歩と前へ進む。
踏みしめるたびに足音が大きく響き、それが逆に緊張を煽る。背中に汗が流れ、呼吸が乱れるのを互いに感じながらも、決して歩みを止めなかった。
「ねぇ、リク……もし、ここで私たち二人とも倒れたら――」
「言うな」
リクは短く遮った。
「絶対に倒れない。……俺たちがここまで来られたのは、みんなの命を背負ったからだ」
短い沈黙。
しかしその沈黙は、互いを結び直す強い絆となった。
やがて――。
――ボッ。
突如、左右の闇の奥で松明に火が灯る。
ひとつ、またひとつ。まるで二人の歩みに合わせるかのように、順番に炎が走っていく。
橙色の火が絨毯を挟んで一直線に連なり、ようやく空間の輪郭が浮かび上がった。
「……!」
エリナが小さく息を呑む。
炎が次々と広がり、最後には正面を照らし出す。
漆黒の闇の奥――そこには巨大な玉座。
そして、玉座に鎮座する影。
魔王ルシファー。
炎に照らされたその姿は、言葉を超えた圧力を纏っていた。巨躯であるにもかかわらず、微動だにしない存在感が、二人の心臓をわし掴みにする。
目が合った瞬間、背筋に冷たい刃を突き付けられたような感覚が走る。
「……ここまで来たか」
低く響く声が、空間全体を震わせた。氷のような眼差しが二人を射抜く。
リクは一歩前へ進み、剣を構えた。
「ここでおまえを討ち、すべてを終わらせる! ここで決着だ!」
だがルシファーは鼻で笑い、まるでその言葉など存在しないかのように続ける。
「……やはり貴様らか。古より続く理を破り、禁忌を犯し、我が主の怒りを買った“■■■■■■”」
リクは目を見開いた。
「……なに? 今、なんと言った!?」
ルシファーは冷ややかに視線を逸らし、ゆるりと玉座から立ち上がる。
「知る必要はない。貴様らはイレギュラーに過ぎぬ。……さて、我が主の御心を満たすため、早々に幕を引くとしようか」
その巨体が動いた瞬間、圧倒的な重圧が空間を満たした。
リクとエリナは同時に武器を構える。
――ついに、魔王との戦いが幕を開ける。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」