第126話:背水の誓い
長い廊下の先に、石造りの階段が見えてきた。
外から見た魔王城の高さを思い返せば、あの階段を登った先こそ――魔王が座する玉座の間に違いない。
「……もう少しだ!」
リクは胸の奥で呟いた。
暗く重苦しい空気の中に、目的地がようやく姿を現したことで、全員の心を締め付けていた糸が、ほんのわずかに緩む。
張り詰め続けた意識の中で、ほんの一瞬でも希望を抱いたその時――。
カツン……カツン……。
規則的な靴音が背後から響いてきた。
誰もが足を止め、即座に振り返る。
廊下をゆっくりと進んでくる影に、全員の視線が釘付けとなった。
パチパチパチ――乾いた拍手が虚空に響いた。
現れたのは、黒い瞳に冷笑を浮かべる強欲の魔人――PIROだった。
「よくぞここまでたどり着いたものだ。……どうした? もう少しでゴールだぞ?」
余裕と侮蔑が混じった声が、耳を刺すように冷たく響く。
全員の体が強張った。
張り詰めた沈黙を破るように、リセルが叫ぶ。
「芳坊たちはどうした!?」
PIROは笑みを崩さず、肩をすくめた。
「あぁ……おまえたちがここまで来られたのは、彼らの奮闘あってこそだ。実に素晴らしい働きだった……だが――彼らの役目は、もう終わった」
その言葉で全員が悟った。
芳坊とくらしょうが――死んだのだと。
心臓を掴まれるような衝撃が走り、誰もが息を呑む。
――全員、わかっていた。
自分たちではPIROを倒せないことも。
リクとエリナが魔王の間へ進んだところで、魔王を討てる可能性が限りなく低いことも。
けれど、人類にはもう余裕がなかった。
魔王軍の侵攻はあまりにも速い。戦力を温存してから戦う、そんな選択肢はとうに消えている。
本来ならば、強力な戦力を一点に集中させるべきだった。
だが――リクとエリナが連れ去られたことで、その理屈は崩壊した。
今や勝機を繋ぐには、あの二人に託すしかない。
リクとエリナが歩んできた道は、常識を覆してきた。
倒すなど不可能と思われた魔人を、彼らは幾度となく打ち破ってきた。
――ならば今回も。
そのかすかな望みに、残された仲間全員が黙して賭けていた。背水の陣を敷く以外に、人類に道は残されていなかったのだ。
「……リク、エリナ! おまえたちは先に行け!」
ライアンが大剣を構え、叫んだ。
「焼大人! Dai! リセル! 俺たちでこいつを止めるぞ!」
その声は震えていなかった。
死を覚悟しているからこその、澄んだ決意の響きだった。
ライアンは歯を食いしばりながら、それでも笑みを浮かべた。
「リク、エリナ……地上に戻ったら、一緒に飲もうぜ。夜が明けるまで、馬鹿みたいに語り明かすんだ!」
「……あぁ!」
「うん!」
リクとエリナが同時にうなずく。
Daiが軽口を叩き、空気を少しでも和らげようとした。
「その時は、ぜひうちの店に来てくださいよ。ワインも料理も、全部用意して待ってますから」
「いいねぇ、それだ!」
ライアンが笑い、コルクが「ワンッ!」と吠えて応じる。
リセルは弓を握り、明るい笑顔を見せた。
「リク、エリナ。一度おまえたちの故郷に行ってみたい。ガイルさんとリナさんに会ってみたいんだ。差別する奴らは……私が全部ぶっとばしてやる!」
「はは……頼もしいな。父さんも母さんも喜ぶよ」
リクが笑い、エリナも「絶対一緒に行こう」と返す。
そして、焼大人が胸を張った。
「リク、エリナ……いつかぜひワシの故郷にも来い。うまい料理を腹いっぱい喰わせてやるぞ。焼売! 海老焼売! 蟹肉焼売! イカ焼売!」
「……焼売天国だな。行きたい!」
リクとエリナは顔を見合わせて笑う。
別れの言葉を交わし終え、リクはエリナに声をかけた。
「行くぞ、エリナ」
エリナは一瞬だけ暗い顔をし――すぐに笑顔を作って「うん……みんな、必ずまたね!」と手を振り、二人で階段へと駆け出した。
背後で、PIROが腕を組み、瞼を閉じたまま口を開く。
「別れの茶番は終わったか?」
ライアンが肩を揺らして笑った。
「なんで待ってくれたのかは知らねぇが……感謝するぜ」
リセルが冷たい目で矢を番える。
「ここから先は通さない」
Daiがワインの栓を抜くように指を鳴らす。
「あなたにはここで死んでもらいます」
コルクが牙を剥き、吠えた。
「ワンッ!」
そして焼大人は一歩前に出て、誇らしげに叫ぶ。
「ワシの名は焼大人! 点心の極にして、焼売の化身! かつて大陸五十四拳王を破り、八万里を駆け抜けた無敵の男よ!」
「「増えてるだろ!」」
ライアンとリセルが同時に突っ込む。
しかしPIROはそれらを意に介さず、笑みを浮かべたまま静かに構えを取る。
「……さぁ、始めようか」
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