第9話:別れと出発
翌朝――空は晴れわたり、まるで二人の旅立ちを祝福するかのように、やわらかな陽光が村を包んでいた。
リクとエリナは静かに家を出る支度を整え、最後の荷物を背負うと、玄関先で深く一礼をした。
ガイルとリナも早くから起きており、ふたりの門出を見送るために家の前に立っていた。
その顔には笑みが浮かんでいたが、その目元にはどこか寂しさと誇らしさが同居していた。
「リク、エリナ。これを持っていけ」
そう言ってガイルが差し出したのは、一枚の羊皮紙だった。
「これは……?」
「地図だ。村から最も近い街、『フェルダン』までの道のりが記されている。まずはそこを目指せ」
リクが地図を受け取ると、ガイルは手を重ねるようにして、さらに言葉を続けた。
「フェルダンには『冒険者ギルド』がある。旅を続ける上で、まずはそこに登録して情報を集めるんだ」
「冒険者ギルド……か。聞いたことはあるけど、実際に行くのは初めてだな」
「ギルドはな、仕事を紹介してくれるだけじゃない。旅人や傭兵、商人、いろんな人が集まる。そこで得られる情報が、命を救うこともある。……お前たちのような経験の浅い若者でも、まずは簡単な依頼から受けていける。実力を積み重ねろ」
リクは地図を胸に抱え、真剣な表情で頷いた。
「分かった。ありがとう、父さん」
すると、ガイルはリクの肩をぐっと掴み、その眼をまっすぐに見据えた。
そこには、厳しさの中に深い愛情と信頼が込められていた。
「それと、もしも行き先に迷ったら――とにかく都会を目指すんだ。フェルダンも十分な街だが、さらに大きな街へ行けば、いろんな価値観の人間がいる。村のように閉ざされた場所じゃなく、広い世界でなら、きっとお前たちのような者を理解してくれる人間にも出会える」
その言葉に、エリナもそっと頷いた。
旅立ちの不安がないわけではなかったが、それでも前を向こうとする気持ちは、確かに彼女の中に芽生えていた。
「エリナ」
母・リナが一歩前に出て、やさしく微笑む。
「あなたも気をつけて。リクと共に歩む中で、きっと困難もあるだろうけど……あなた自身が、今よりもっと強くなれるはずよ」
「……はい。ありがとうございます、リナさん」
リナはその返事に小さく頷くと、少しだけ言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「この村より辛いことがあったら、無理して耐える必要はないのよ。……いつでも帰ってきなさい。世間の声なんて私たちには関係ない。あなたたちがどう生きたいか、それだけが大事なの。私たちは、いつだってあなたたちの味方だから」
その言葉に、エリナは堪えていた涙をこぼしながら、リナにぎゅっと抱きついた。
リナも彼女の背をやさしく撫でながら、静かに答えた。
やがて、リクが一歩前に出て、力強く言った。
「じゃあ、行くよ! 父さん、母さん……ありがとう!」
「ああ、気をつけてな」
「しっかりリードしなさいよ、リク」
ガイルとリナは、手を振りながらその背中を見送った。
その姿に、どこか誇らしさをにじませながらも、胸が締めつけられるような寂しさを隠しきれなかった。
リクとエリナは、肩を並べて村の門をくぐり抜ける。
背後には、これまでの思い出と家族の温もり。
目の前には、まだ見ぬ広大な世界と、数えきれない出会いと試練が待っている。
――こうして、二人の旅が、静かに幕を開けた。
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