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永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜
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第125話:狂宴の矢雨

 粉塵の帳が切れ、互いの輪郭がむき出しになる。

 翼の根元で骨がきしみ、takの口が裂けるほど笑う。舌が乾いた音を立て、歯の間から黒い唾が滴った。


 「……たまらねぇ匂いだ。焦げた肉、泣き声、血。混ぜろ、もっと混ぜろ」


 ロビンは答えない。砕けた胸壁に踵をかけ、弓をわずかに傾ける。白銀のフレームが微光を返した――王国の鬼才、Fum技長が仕立てた可変弓であると知る者は、この場にほとんどいない。


 風がひゅ、と鳴った。

 弦を引くと同時に、彼女の手元で淡い光が矢の形を結ぶ。矢羽も鏃もすべて魔力で形成された“魔弓の矢”が、目で追えぬ角度から走り、takの肩甲の縁を薄く裂いた。


 血と、煤けた肉の欠片。takは傷口に指を差し入れ、ぬるりと掬って舐める。


 「熱い……うまい……あぁ、もっと。剥がしてくれ、剥いで、剥いでくれ」


 翼が一打。瓦礫の影からガーゴイルが十、二十、三十。takの短い舌打ち一つで渦を巻き、城壁へ斜線で殺到する。

 遠い。ロビンは距離を殺さぬまま、弓を長く張り直す。魔力を瞬時に変換した矢が連続で閃き、先頭列の喉と翼根を抜いた。墜ちる。踏み潰される。次の列が上に重なる。


 「押せ。噛め。目から入れろ」


 takの声は歌のようだ。命令は短く、正確で、狂っている。


 射線に黒影が増え、長く狙う余地が削がれていく。ロビンは一歩、踵を返しながら弓の機構を捩じった。装填レールが伸び、複条の弦が並ぶ。

 連弩形態。息を詰め、引き金を三度。魔力の束が雨に変わり、圧縮された斜面を刻む。羽音が乱れ、破片と石粉が霧になった。


 「もっとぉ!」


 takが割って入る。弾幕の縫い目だけを嗅ぎ分け、翼で風を作って矢筋を引き剥がす。城壁の縁へ爪が届く。石が叫び、ロビンの足場が半身ぶん沈んだ。


 間合いが潰れる。

 ロビンは撃ち切りざまに弓を短く畳む。掌に光が集まり、小型の魔力矢を三本同時に形成。至近距離で頬、鎖骨、脇腹を穿つ鋭い点撃。

 takの顔面の皮が薄く捲れ、白いものが覗く。彼は笑いながらその端を歯で噛み、べり、と自分で裂いた。


 「アハァ……見える。見えた。剥けた。いい、きれいだ……!」


 吐息が腐った果実の匂いで満ちる。翼がたわみ、刃のような縁が水平に走る。

 ロビンは弓身で受けて滑らせる。火花。掌が痺れる。短く退き、階段状の瓦礫を二段飛ぶ。

 背後の路地で子どもが泣いた。騎士が一人、盾を掲げて叫ぶ。音の層が厚くなり、視界の端が暗くなる。


 「ズレるな。ここだ」


 己にだけ聞こえる声で、ロビンは足の裏を石に貼り付ける。掌に光が集まり、短弓用の魔力矢を連続生成してtakの足を縫う。足首、膝裏、ふくらはぎ。線は折れ、速度は歪む――止まらない。


 「もっと近く。喉の中まで来い」


 takは囁く。命令ではないのに、ガーゴイルたちが同じタイミングで飛ぶ。上段が影を落とし、中段が横殴り、下段が噛みつく。三層同時。

 短弓では押し返しきれない。ロビンは息を一つ捨て、再び連弩形態へ。魔力束が層を薄く削り、縫い目にわずかな溝が生まれる。


 そこへ体を滑らせる。中距離。

 長弓の張りへ戻す。魔力が鏃へ収束し、指の腹がその震えを呑み込む。一本を極めて放つ。

 空気がひび割れ、矢は翼の間隙を抜けてtakの肩甲の縁を深く抉った。背後の尖塔が遅れて砕け、粉塵が雨になった。


 「ッ……は、あ、あああ……」


 彼はうずくまらず、笑う。肩を震わせ、傷口に指を差し込んで“中”を探る。爪が何かを引っ掛け、ずるりと糸のようなものが出る。


 「音が鳴る。ここ叩くと音が変わる……ほら、聴けよ。なぁ、聴けって。おまえの矢で調律しろ」


 ロビンのまぶたが一瞬だけ震え、すぐに戻る。

 takの足が、もうそこにある。蹴り上げた石片が頬を裂く。爪が喉の高さで返る。

 弓身で受け、腕の内側に衝撃を流す。短弓に戻し、即座に魔力矢を生成して顎下へ撃ち込み、空気を裂く音で一拍を奪う。距離をまた、作る。


 「逃げるな」


 低い。次の瞬間には断末魔みたいな笑い声に変わる。


 「やだ、逃がさねぇ。お前の死に顔、オレのだけ。オレの皿に盛る」


 屋根の端が崩れ、二人はほぼ同時に別方向へ跳ぶ。

 ロビンは路地の入り口を斜めに跨ぎ、連弩で口径を広げる。魔力矢の弾幕でガーゴイルを押し止め、短弓でtakの踏み出しを刺す。

 takはそれでも笑い、翼の骨を鳴らして風を歪める。回転。刃の縁が壁を削り、石の粉が雪のように舞った。


 「もっと、もっと、もっと」


 命令が飛ぶ。今度は硬化殻を纏った前衛が押し出され、矢の通り道が狭まる。

 ロビンは角度を変え、殻の継ぎ目にだけ魔力矢を通す。連弩で割り、短弓で止める。その瞬間にだけ中距離が開き、長弓で杭を打つ。

 リズムが出来る。壊される。作り直す。壊される。繰り返しの奥で、均衡だけが鋭く磨かれていく。


 血の匂いが濃い。

 takが舌をだらりと垂らし、ひとつ息を詰まらせるように笑う。


 「おい、お前の中、どんな色してんだ? 見せろよ。ねぇ、見せろ。見せないなら、開ける」


 どちらも退かない。どちらも倒れない。

 均衡は、鋼線のように細く張り詰めたまま、なお切れない。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」

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