第124話:戦火、再び王国に広がる
魔王城が浮上してから、まだ一刻も経っていない。
だがその影は、瞬く間に王国中へと広がっていた。
ガーゴイル──漆黒の石像のような怪物たちが、空から雨のように降り注ぎ、各地を襲っている。
その数はまさに無数。大地に残された魔法陣から転移してきたかのような正確さと速度で、王国中の拠点へと次々に配置されていた。
王都の騎士団本部。
戦場と化した城壁の上から、一人の女性が遠くの空を睨みつけていた。
「……全地域、同時多発的な侵攻。こちらの守備の薄さを読んだような、的確な配置だな」
王国騎士団総帥──ロビン。
若くして全軍を束ね、王都防衛の指揮を一手に任された者。
先の戦闘の傷も癒えぬまま迎えた、第二波。これが彼女にとって王国騎士団総帥としての初陣でもあった。
「全団長に伝令を。即時、各拠点へ向かい、指揮を引き継げ。王都の防衛は私が行う」
すでに各地の騎士団は動き出している。
「白銀の矢」団長・なんは、北東の交易都市バルナへ。
「蒼天の剣」団長・SILVERは、西の要衝セリオス山脈へ。
「紅蓮の盾」団長・aizは、南の工業都市マルガトへ。
「漆黒の鎧」団長・senは、東方の港湾都市エルドへ。
そしてMsaki公爵は、騎士団では対応しきれない、重要度の低い地域に現れた魔物群を迎え撃つべく、王都を離れていた。
また、民間から立ち上がった存在もある。
「XETA党の動きは?」
「すでに避難誘導、補給線の確保、破壊された橋や道路の修復を開始しています。党首のtoshiが、最前線に出るとのことです」
──今、王都に残されているのは、ロビンと、ごく少数の精鋭たちのみである。
「これが連中の“開戦の合図”というわけか……。愚かだが、狡猾でもある」
ロビンは呟きながら、手元の魔導端末に目を落とす。
各拠点の状況が刻々と転送されてくる。
その情報を瞬時に読み取り、最も危険な地点を判断し、次の指示を構築する──それが彼女の役目だった。
* * *
takは狂ったように空を舞い、王都の中心部へ向けて急降下していく。
黒と赤の塊が落ちる隕石のように、空気を裂きながら一直線に地上へ。
「ヒャァァァハハハハァッ!! 潰れろ潰れろォッ!!」
衝撃と共に城壁の一角が砕け、地鳴りのような爆発が王都に響き渡る。
ガーゴイルの群れも呼応するように空から降り注ぎ、街はたちまち地獄絵図と化した。
「うひゃぁっ! おっもしれェ! 次ィ! もっと壊すぞォッ!」
そのとき、takの頬を何かがかすめた。
振り向くよりも早く、二本目、三本目の光の矢が飛来する。
takは反射的に翼で防ぐ。だが、弾かれたはずの矢は爆ぜるように閃光を放ち、彼の視界を焼いた。
「ぅぐぅうぅっ!? なんだコレぇ……!」
目を細めながら、takは上空を見上げる。
そこには、砕けた城壁の上に佇む一人の女性──真紅のマントをなびかせ、弓を構えるロビンの姿があった。
彼女は弓弦を静かに引き絞り、狙いを定める。
その瞳に浮かぶのは、冷徹な分析と、敵を駆逐するための殺意だけ。
──城壁が破られたか。ここを突破されれば、王都の心臓部が危うい。
(……ただの魔物じゃない。気を抜けば、即死する)
ロビンは矢を放つ。
takはそれを躱して地を転がり、すぐさま跳躍して彼女に迫る。
「ハハッ! お前かァァッ! オレに構ってくれたのはよォッ!!」
takの肉体が地面に突き刺さる。
だがロビンは、すでに別の位置に移動していた。
(速い……だが、見えないほどではない)
彼女は周囲に展開した魔法陣から、三連の光矢を連続で射出する。
takは空中でバク転しながらそれをかわし、嬉々として笑った。
「いいねェェェッ!! 遊べそうだァァッ!!」
ロビンは言葉を発さず、冷静に距離と角度を計算し、次の矢をつがえる。
その所作からは、“自分より強いかもしれない”という確かな警戒心が滲んでいた。
王都を賭けた戦いが、静かに幕を開ける。
* * *
遠く、魔王城の影が空を覆い尽くす。
王国全土が炎に包まれる前に──
それぞれの戦場で、人々の覚悟が試されようとしていた。
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