第122話:交錯する意図、すれ違う野望
錫杖を握る芳坊の手には、すでに血が滲んでいた。
くらしょうは腹部を押さえながら、足元をふらつかせる。
PIROの一撃一撃が、身体を容赦なく削っていく。
だがそれでも、二人は立っていた。
「……ふん。もう少しできそうだな、お前ら」
PIROはつまらなそうに息を吐き、肩を軽く回した。
足元には、抉られた地面。
壁には水遁の衝撃波が刻んだひび。
けれど、それらの全てが、彼には“遊び”にもなっていない。
「……思ってたより、粘るじゃねぇか」
声は軽い。しかし、目は笑っていなかった。
「へへ……言っとくがな……まだ、終わっちゃいねぇぜ……!」
くらしょうが血を吐きながらも、両腕で水の防壁を形成し続ける。
その後ろで、芳坊が錫杖を地に突き立てた。
「封陣・破魔の陣……起動ッ!」
地面に術式が走り、黄金の光がPIROの足元を包んでいく。
「へぇへぇ……面白ぇ術だな」
PIROはほんの一瞬、動きを止めた。
だが、すぐにその場から跳び退き、術式の中心から軽々と脱出する。
「惜しかったな。あと0.1秒早けりゃ……俺の靴底が焼けたかもな」
煽るような口調。しかし、芳坊は食い下がるように吠える。
「……本気を出せば、すぐ殺せるんだろう……! なぜそれを、しない……ッ!」
静寂が落ちた。
だがPIROは、ただ口元を吊り上げて言った。
「……さあな? お前らが、俺の予想よりも“強かった”──そういうことにでもしておいてくれや」
言葉とは裏腹に、態度には一切の緊張感も焦りもなかった。
まるで、自分の中にある“殺しの衝動”を意図的に押し殺しているようにすら見えた。
くらしょうが、芳坊の背中越しに呟く。
「……おい、どう思う。こいつ……何か、考えてやがるんじゃねぇか?」
「わからん……だが、こちらの狙いは変わらん。やつがどんな企みを抱えていようと……この場で奴を足止めする。それだけだ」
「へっ、そんだけなら、ちょうどいいな」
くらしょうは歯を見せて笑い、水遁の印をさらに重ねる。
同時に、芳坊の錫杖から清浄な光が放たれ、結界を二重に重ねた。
「封結・双輪結界陣!」
「水障壁・水獄流縛陣!」
PIROの周囲を、水と光の術式が取り囲む。
わずかでも拘束の可能性を生み、数秒でも動きを止めるための捨て身の術。
「……やれやれ、めんどくせぇな」
PIROが舌打ちをひとつ。
その顔に、ようやく“うんざり”の色が滲む。
だが、それは彼の“苛立ち”ではない。
むしろ──
「……これぐらい、やってくれなきゃ話にならねぇよ」
そう、内心で小さく呟く。まるで、自らの計算通りにことが運んでいるかのように。
だがその目には──ほんのわずかだが、興味の色が滲んでいた。
* * *
その間にリクたちは──
「こいつら……気配が違う」
リセルが鋭く声を上げる。
魔王城の回廊に現れた魔物たちは、動きも意思も、まるで軍勢のように統制されていた。
「忠誠心が高い。……魔王の近衛兵、ですか」
Daiが低く呟く。
横には彼の忠犬、白毛のコルクが低く唸り声を上げていた。
「リク、エリナは下がってろ。……ここは俺たちで片付ける」
そう言ったのはライアンだった。大剣を肩に担ぎ、表情はどこまでも冷静だ。
「そうね。あなたたちは魔王との戦いに集中して。私たちが盾になるわ」
リセルが微笑むと、背中の長弓を静かに構える。
その隣で、焼大人が拳をぐるりと回し、口角をゆっくり吊り上げた。
「ふ……ようやく血がたぎってきたわ……。拙者の拳に耐えられる魔物など、この世に何匹存在するか……確かめてやろうか」
「行くぞ、コルク!」
Daiが短く呼びかけると、コルクは疾風のように前線へ飛び出した。
戦いの火蓋が、切って落とされる。
* * *
戦場に、再び爆風が走った。
PIROの蹴りが、くらしょうの防御を破りかけた瞬間、芳坊がその隙をついて、術式を撃ち込む。
「封陣・雷断の閂!」
「はっ、時間稼ぎがしたいなら、お望み通り踊ってやるよ。俺たちなりの“道化”ってやつをな!」
くらしょうの叫びに、PIROがひときわ愉快そうに笑う。
「いいねぇ……気に入ったぜ、その啖呵。ならもう少しだけ付き合ってやるからついて来いよ!」
PIROが一歩踏み込んだ瞬間、空気が弾けるような音が鳴り響いた。
地面が爆ぜ、芳坊は飛び退き、くらしょうがすぐさま水の壁を生成した。
絶対に崩させない。
この数分、数十秒のやり取りが、きっと未来につながる。
芳坊とくらしょうの時間稼ぎ。
PIROの策略による“猶予”。
――それは偶然の一致でありながら、思惑の交錯が奇妙な均衡を保っていた。
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