幕間?【PENPENZ】14:紅月下の死闘
広場の中央、互いの間合いを極限まで詰めた太郎とここったが、わずかな呼吸音だけを漏らしながら対峙していた。
周囲では兄弟たちが他の敵を圧倒し、矢が空気を裂く音や、刃がぶつかる金属音が絶え間なく響く。
しかし、この二人の周囲だけは、時がねじれたかのような張り詰めた沈黙が支配していた。
太郎は棍を握る両手にじっとりと汗が滲むのを感じながらも、視線を逸らさない。
ここったの紅の着物は夜風に揺れ、その動きに合わせて裾から覗く足運びがわずかに変化する。
袖口から垣間見える白く細い指は、刀の柄に軽く触れたまま。
その動作は、まるで「いつでも首を落とせる」と告げるようで、太郎の背筋を容赦なく粟立たせた。
「……来るぞ」
喉の奥で低く呟き、太郎は棍を低く構え直す。次の瞬間――
キィィンッ!
鋭い金属音と共に火花が散った。
ここったがまるで地面を滑る影のように一瞬で間合いを詰め、頭上から刀を振り下ろしてきたのだ。
その速さは視線すら置き去りにする。
だが太郎は反射的に棍を掲げて受け止め、全身の力を込めて押し返した。
「ほう……受けたか」
ここったの口元に、ごくわずかな笑みが浮かぶ。
「まだまだ……!」
太郎は息を吐き、棍の先端で肩口を狙って鋭く突き出す。
だがここったは紙一重で身をひねってそれをかわし、逆に下から刀を薙ぎ上げ、太郎の顎先をかすめた。
ヒュンッ……ザシュッ!
頬に浅い切り傷が走り、温かな血が夜風で一瞬にして冷たくなる。
痛みは太郎の意識を鋭く研ぎ澄まし、全身の感覚を戦いのために最適化していく。
「痛みで目が覚めただろう?」
「……うん。今ので完全にスイッチ入った」
太郎は口角を上げ、棍を逆手に回して一気に踏み込む。
地面すれすれから跳ね上がるように弧を描く棍の一撃――
ここったは即座に刀で受け止めたが、その衝撃に腕がわずかに沈んだ。想像以上の重さがこもっている。
「……っ、力は悪くない」
「力だけじゃない!」
太郎は棍を押し込み、そこから一歩退いて間髪入れず二段目の突きを放つ。
高速の連撃はここったの予測をわずかに外し、袖口の紅布をかすめ取った。
ひらりと舞う紅が月光を反射し、銀色の刃と交差する。
その攻防を目撃していた周囲から、驚きと戸惑いの声が漏れる。
「おい……ここったと互角にやり合ってる……」
「このペンギン、本当に何者なんだ……」
だが、両者は一切耳を貸さない。
呼吸のリズム、足の運び、視線の揺れ、そしてわずかな重心の傾き――
すべてを駆使して、一撃必殺の瞬間を探っていた。
「……そろそろ本気を見せてもらう」
ここったの低い声とともに、周囲の空気が一変する。
刀身が夜の闇を吸い込み、妖しい光を帯びはじめた。空気がじりじりと焼けるような緊張感を帯びる。
「上等だ……!」
太郎も胸元で棍を構え直し、全身の筋肉を爆発寸前まで引き絞る。
互いの視線が月下で交差し――
次の瞬間、両者の姿が弾かれたように消えた。
ガギィィィンッ!!
広場の中央で、火花と衝撃波が同時に弾け、砂煙が渦を巻く。
その衝撃に、周囲で戦っていた兄弟や敵までも一瞬動きを止めた。
砂煙の中から現れたのは、互いの武器を押し合ったまま、わずか数十センチの距離で睨み合う二つの影。
額には玉のような汗、呼吸は荒く、それでもその瞳は揺らぎなく燃えている。
周囲では、次郎たちが他の敵を追い詰め、広場の外縁はPENPENZ優勢のまま進んでいた。
だが、この中央だけは――一歩も譲らぬ拮抗。
「……面白い。殺すのが惜しくなってきた」
「……あいにく、こっちは殺されるつもりなんてない!」
二人の武器が再び離れ、低い唸り声とともに構え直される。
月光が二人の間に細い光の道を作り、その一筋が決着の合図のように見えた。
次の一撃で、この均衡は確実に崩れる――。
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