第121話:償いの道化たち
張りつめた空気の中、誰もが動けずにいた。そのときだった。
──ズバンッ!
突如、横合いから鋭い光の一閃と、水を纏った衝撃波が、PIROに向かって飛来した。
「……ん?」
PIROはにやけたまま、その場から軽やかに身をひねる。飛んできた攻撃は、彼の鼻先を掠め、虚しく空を裂いた。
「何……誰が……?」
リクたちが驚いて目を向ける。そこには、柱の影から現れた二人の姿──芳坊と、くらしょうが立っていた。
「お、お前たち……!? 生きてたのか!?」
ライアンが目を見開く。
「それに……なぜ、魔王を利用し、人類を滅ぼそうとしていたお前たちが……魔人を攻撃したんだ……?」
芳坊はゆっくりと前に出て、PIROを警戒するように錫杖を握りしめた。
「……私たちは間違っていた。テルマ村の崩壊させた後、奇跡的に生き残った私たちは傷ついた体を癒し、次の作戦に参加する為に王都に向かった……そこには私が行動することによって目を背け続けてきた現実があった」
くらしょうも続ける。
「魔人によって破壊された王都を見て……親を、家族を亡くした人たちを見て、さすがに、目が覚めたんだ。もう手遅れかもしれねぇが、償いくらいは、してぇと思ってな」
芳坊はリクたちに目を向け、静かに、だが決意を込めて言った。
「謝ってすむ話じゃない……だが、命をかけるくらいはできる。ここで俺たちは、過去と向き合って償う」
その言葉を聞き、リクの瞳が揺れた。
だが、その空気を切り裂くように、PIROの声が飛ぶ。
「へぇへぇへぇ、なるほどなるほどぉ〜……人間のくせに、殊勝なことを言うじゃねえか。だがな──俺を前にして、ずいぶん余裕じゃねえかッ!」
ニヤニヤしながら、PIROが動き出す。
「ソニックムーブ」
ドンッ!
瞬間、PIROの姿が掻き消え──
「後ろだッ!」
芳坊とくらしょうの背後に、PIROが現れていた。
「──ぬかせッ!」
くらしょうが叫び、水の印を結ぶ。
「水障壁・滝守の幕ッ!」
目前に広がる水の壁に、数秒遅れて轟音と衝撃波が襲いかかる。
ズドォォォォンッ!!
壁は大きくうねりながらも、爆風を包み込み、衝撃を吸収した。
「っぐ……耐えた……!」
くらしょうが額の汗を拭いながら、振り返る。
「リク! 今のうちに、先に行け! ……もう、人類に残された時間はねぇ!」
「だが……!」
リクが躊躇した瞬間、芳坊が叫ぶ。
「任せろッ! これは私たちの贖罪の戦いだ! お前たちは希望だ。だからこそ、進め……この先の未来を、私たちの代わりに掴んでくれ!」
リクは拳を強く握りしめ──
「……すまない。任せた」
そのまま、一行は踵を返す。誰一人、振り返らなかった。
芳坊とくらしょうもまた、背を見送らずに、正面のPIROを睨み据える。
誰もが理解していた。もう、再び言葉を交わすことはないと──。
「……ふふん」
PIROが無言のまま、両手をポケットに突っ込んだまま笑みを浮かべる。
「さて、邪魔な虫どもは消えたし……やるか。ソニ──」
「──させるかァァァッ!!」
芳坊の叫びとともに、錫杖が閃き、PIROの出現位置を読みきった一撃が飛ぶ。
「水遁・逆流の盾!」
くらしょうも即座に術を放ち、後方の防御を固める。
ズゴォォォン!!
PIROの移動が一瞬遅れたように見えた。攻撃と防御が、わずかに噛み合ったのだ。
「……やけにあっさり行かせたな」
芳坊が息を整えながら呟く。
「だな。何か企んでやがるかと思ったが……」
くらしょうが疑念を口にすると、PIROがニヤニヤと笑いながら答えた。
「お前らが……想像以上に、強かったってだけさ。止めきれなかった……それだけの話だ」
芳坊は冷ややかに睨みつけた。
「ふん……なるほど。魔王軍も一枚岩じゃねぇってわけか」
「そういうことだな、くらしょう……!」
「おう!」
二人は並び立ち、肩で息をしつつ剣呑な笑みを交わす。
「道化を演じるのは癪だが……せめて、あいつの想定を超えた道化になるぞ!」
「……上等だ。少しでも体力削ってやろうぜ!」
「ほう……なら見せてみろ、もう少しお前たちに付き合ってやるからよ」
運命の戦いが、幕を開けた──。
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