第120話:静寂の後の衝撃
「……やっと、少し道が開けたな」
ライアンが血に濡れた剣を肩に担ぎながら、荒く息を吐いた。額には汗、足元には倒れた魔物たち。進軍のたびに命を削られる戦いが続いている。
魔物を切り伏せながら進んだリクたちは、長く入り組んだ回廊を抜け、ひときわ重厚な扉の前へと辿り着いていた。
「これが……大広間?」
リクが呟く。
「間違いないわ。空気の質が違う……ここが中心地」
エリナが緊張を滲ませながらも、視線をまっすぐ前へと向ける。
ギィ……ッ
ゆっくりと軋みながら、扉が左右に開いていく。
目の前に現れたのは、天井が高く、まるで玉座の間のような荘厳さと、同時に禍々しい気配を放つ巨大な大広間だった。天井からは鎖のような装飾が垂れ、黒曜石の床はまるで鏡のように光を反射している。
だが、不思議なことに、そこには一体の魔物の気配もない。
「……妙に静かだな」
ライアンが眉をひそめる。
「まるで、ここだけ別世界みたい……」
エリナが囁いた。
一行は慎重に警戒を保ちつつ、中央へと歩を進める。
すると──
「ふっふっふ……よくぞここまで辿り着いたな」
底知れぬ余裕を滲ませた声が、空間の奥から響いた。
いつの間にか階段に腰掛けていたのは、上半身を露出させた鍛え抜かれた肉体の男──強欲の魔人、PIRO。
逆立てた金髪、鋭く光る瞳。手には何も持たずとも、ただそこに存在するだけで周囲を支配するような圧倒的な気迫があった。
「褒めてやろう。ここまで辿り着いたことはな。……だが」
PIROはゆっくりと立ち上がり、無造作に両手をポケットへと突っ込んだ。
「ここから先に進むことも、引き返すこともできん。……お前たちはここで、終わるのだ」
「ふざけんなッ!」
ライアンが怒りを込めて叫ぶ。剣を構え、前へ一歩踏み出したその時──
「ソニックムーブ」
その言葉は、囁きにも似た音量だった。
だが──
ドンッ!!
次の瞬間、空気が爆ぜるような衝撃音が広がり、PIROの姿が掻き消えた。
「なっ……!? 消えた!? どこに──」
リクが警戒の声を上げた刹那、すぐ背後に、確かな“気配”が現れる。
「後ろ……だとッ!?」
驚愕の表情で振り返ると、そこにPIROが何事もなかったように立っていた。
「……何が起きた……?」
誰もが理解できないまま立ち尽くした、その瞬間。
ズンッ……!!
さっきまでPIROがいた位置から、遅れて凄まじい衝撃波が炸裂した。
「ぐああっ!!」
「うわっ……!」
全員がPIROの元へと吹き飛ばされ、床を転がった。
「な、なにこれ……風圧じゃない、圧倒的な……衝撃……」
リセルが苦しげに声を漏らし、Daiは無言で立ち上がることすら困難そうに肩で息をしている。
その中で、唯一冷静さを保とうとしたのが──焼大人だった。
「……まさか、本当に存在していたとはな」
彼は震える声で呟いた。
「眠眠書房、地上戦録篇・巻之五十一、“音速の拳士”の章……」
全員が振り返る。焼大人の額には冷や汗が流れていたが、その目はどこか敬意を含んでいた。
「“ソニックムーブ”──これは、動きは音よりも速く、目で捉えることはできん……。しかも移動した後に、“音”と“衝撃”が遅れて届く」
彼は一瞬言葉を止め、視線を天井へ向けた。
(資料には他にも書いてあったが……。思い出せぬ……)
彼は静かに首を振った。
「この男……動くたびに空間そのものが割れそうだ。常識で勝てる相手ではない」
「ふはははっ! どうした!? もう終わりか!?」
PIROは笑いながら両手をポケットに入れたまま、挑発的に言い放つ。
「わかったか、お前たちの“死”が……! 俺は誰よりも強い! 魔王よりもな! 力こそが正義! 欲しいものは全て、力で奪る!」
高笑いが大広間に響く。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
「……やばい、かもな……」
ライアンが唇を噛みながら呟く。
「速すぎて……どうにもならない……っ」
リセルが顔を歪め、矢筒に手をかけたが、射抜くビジョンすら浮かばなかった。
「これで……まだ本気じゃないなんてこと、ありますかね……?」
Daiが冗談めかした声で言うが、その目には焦りがにじんでいた。
「ワン……」
コルクまでもが、全身の毛を逆立て、低く唸る。
リクとエリナも、明らかな“格の違い”に、しばし言葉を失っていた。
だが──彼らの心は、まだ折れていない。
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