第119話:迫る終焉、立ち上がる者たち
「……焼大人が“魔王城に行く手段がある”なんて言うからついてきたけど……まさか、こんな訳のわからん乗り物で空を飛ぶ羽目になるとはな……」
ライアンはこめかみに手を当て、未だ煙をくゆらせる残骸を呆れたように見つめていた。
「気合さえあれば、大抵のことはどうにかなるものだ」
焼大人はまるで悪びれる様子もなく、堂々とした態度で言い返した。
胸を張り、破損した機体の上に仁王立ちする姿は、もはや一種の芸術作品のようでさえあった。
「……でも、来てくれたんだな。助かったよ」
リクがようやく口を開いた。
息は上がり、身体には疲労が蓄積しているが、それでも言葉には力がこもっていた。
「そっちが心配だったんだよ、まったく……魔王の発言と目撃情報から、“城に転送されたらしい”って聞いたときは、さすがに驚いたぞ」
ライアンがため息をつきつつも、すぐに表情を引き締める。
「状況を伝える。 こっちは、これ以上の援軍を期待するな。 城が出現したと同時に、周囲に散ったガーゴイルが各地を襲撃してる」
「ガーゴイル……?」
「そう。 おそらく魔物の中でも、かなり格上の連中だ。 数は……ゾンビペンギンの比じゃない。空から一斉に降ってきて、王都以外にも、都市部を中心に被害が拡大している」
リクとエリナが言葉を失う。
魔王の力が、地上全域を覆い尽くそうとしていた。
* * *
──王都上空、そのさらに高み。
灰色の翼を広げ、ひときわ異形の存在が宙を舞っていた。
黒く変色した肌。
裂けた口元からは牙が剥き出しになり、片目はぐるぐると意味もなく回転している。
生身の人間を改造して作られたガーゴイル──いや、人間であった面影はもはや欠片も残っていない。
「ヒャッ、ヒャヒャヒャヒャヒャァァァ!!!」
狂ったように笑いながら、その男──いや、“それ”は王都の街並みを見下ろした。
「たっかぁ〜〜〜い! 気持ちいいいぃぃぃ!! この空、この空ぁぁぁ!!」
指揮官であるはずの彼は、今やただの破壊衝動の塊だった。
翼の先端に刃を生やし、両手には人間の骨を加工したような棍棒。
口元から垂れる黒いよだれが、風を受けて後ろに飛んでいく。
「殺せ! 殺せェ! ぜーんぶ殺して、街を赤く染めろォォォォッ!!」
その絶叫に呼応するように、空から数百、数千のガーゴイルたちが咆哮をあげて舞い降りていく。
翼の影が太陽を覆い、街に巨大な死の影を落とした。
「いいぞいいぞ! あれも殺せ、こっちも壊せ! 動くもの全部ぶっ壊せぇぇぇぇッ!! オレも行くぅぅぅぅぅ!!」
かつてtakと呼ばれるその存在は、もはや命令するでもなく、自ら先陣を切って急降下していった。
秩序も戦略も存在しない。ただ、狂気と破壊と嗤いが、王都の空から降り注ぐ──。
* * *
──そのころ、王城・作戦司令室。
魔王城の出現と同時に襲来した無数のガーゴイルたちが、空から各地に襲いかかっていた。
王都はもちろん、周辺の街や農村、さらに遠方の地方都市にまで被害が及んでいる。
高い天井と分厚い石壁に囲まれた王城の作戦司令室では、女王シーユキが地図と報告書を前に、補佐官たちと共に迅速な判断を下していた。
次々と運ばれる伝令、揺れる燭台の火。
外ではガーゴイルの咆哮と悲鳴が混じり合い、戦況の緊迫を映し出していた。
「王都東門、崩壊! 防壁部隊が壊走、飛来したガーゴイルの群れが市街地に突入!」
「……北西の農村からも支援要請です。 もう持ちこたえられません!」
「住民避難は!?」
「……各所で足止めを食っています。 避難完了は絶望的かと……!」
叫びにも近い報告が飛び交う中で、シーユキは拳を握りしめ、苦悩の色を宿しながらも視線を地図から外さなかった。
「……全ては救えない。分かっています……でも……」
唇を噛む。
各地の都市、農村、防衛線。
そのすべてを守るには、王国に残された戦力では明らかに不足していた。
「騎士団を三手に分けて。 王都防衛に一隊、救援可能な街と村を慎重に選定し、そこに残りの二隊を送って……それ以上は……」
「……見捨てざるを得ないのか」
小さく、震える声が洩れた。
その時──
「遅れてすまない」
やわらかな低音が背後から響いた。
振り返れば、そこには淡い金髪と、蒼玉のように澄んだ瞳を持つ青年が立っていた。
豪奢な白銀の軍装に、紋章入りの青いマントを羽織っている。
まるで絵画から抜け出た王子そのものだった。
「Msaki公爵……!」
「復興支援で来たつもりだったが、緊急の前線指揮となりそうだ」
公爵──Msakiは静かにうなずき、傍らの従者に剣を渡す。そして、シーユキの手をそっと握った。
「君が王都を守り通してくれれば、俺は他の地で希望を守る。 ……見捨てることは、君が一番苦しいはずだ。 だからこそ、俺が引き受ける」
「……ありがとう、Msaki」
シーユキの表情に、かすかな安堵が浮かんだ。
「王としてではなく……あなたとして、支えてくれて、うれしい」
「俺は君の盾であり剣であり、支柱でありたい。 どこにいても、それは変わらない」
二人の絆は、戦火の中でも確かに結ばれていた。
* * *
「……リク、エリナ」
その声は静かで、だが確かな熱を帯びていた。
「おれな……お前らのこと、ずっと見てきたんだよ。 冒険者になってから、ここまでの全部をな」
リクとエリナが顔を上げ、ライアンを見つめる。
「ずっと思ってたんだ。 お前ら、なんか“違う”って。 成長の速さも、強さも、残してきた結果も──どこかに理由があるんじゃないかってな」
ライアンは唇をきゅっと引き結び、言葉を続けた。
「でも今日、確信した。 間違いねえよ。 魔王に特別視されてるのも、全部つながってる……お前らには、何か“意味”があるんだ。 俺たちがどうやっても辿り着けねぇ領域に、最初から立ってたんだよ」
彼は拳を握りしめ、力を込めて言い放つ。
「魔人を──四体も倒した。 そんなの、普通じゃねぇ。鍵はエリナのXANAチェーン……そして、それが最大限に力を発揮してるのは、リク、お前との絆があってこそだと思う」
リセルが静かに一歩前に出た。
「ええ、私もそう思うわ」
その声には、確かな確信が込められていた。
「リクたちと出会ってから、ずっと一緒に旅をして……でも、それ以前の話も聞いてる。 リクがどんな風にエリナを助け、エリナがどうやって力を制御してきたか」
彼女は微笑む。
「二人の歩みが、この力を育ててきたのよ。 出会うべくして、出会ったのね」
「むう……我も同感である」
焼大人が腕を組んで頷いた。
「二人の力を敵が恐れたがゆえ、あえて“懐”に取り込んだつもりであろうが……ふふ、その実、これは千載一遇の好機」
彼は不敵に笑う。
「──策士、策に溺れるとはこのこと。 魔王の傍に近づけたという点で、こちらが有利である。 すなわち……勝機なり」
「リクとエリナ、君たちはまるで、長い年月をかけて熟成された希少なワインのようです。 出会った頃はまだ若いと思っていましたけど……王都の戦いを共に越え、気づけばその香りも深みも、誰にも真似できない味わいになっていました」
Daiは胸元に手を当て、静かに微笑む。
「この人類の窮地を変えられるとしたら──きっと、君たちでしょう」
「ワン!」
コルクがDaiの言葉に合わせて、力強く吠えた。
尻尾を振るその姿は、「同意!」と全力で語っていた。
ライアンが再び口を開く。
「……お前らの力は最後の切り札だ。 だからこそ、俺たちが前に出て切り開く」
彼は剣を抜き、肩をぐるりと回して笑う。
「だから、お前らは──魔王を倒せ。 終わらせるんだ、この戦いを」
その言葉に、空気が静かに引き締まる。
互いに頷き合う仲間たちの視線の先に、リクとエリナの背中があった。
もう迷いはない。
二人に託された想いが、未来への道を切り拓く力となる。
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