第116話:顕現、魔王の城
あの激戦から数日――。
王都には束の間の平穏が訪れていた。
戦で破壊された建物の復旧が進み、民たちも少しずつ日常を取り戻し始めていた。
だがその空気は、どこか不自然だった。
風が止まず、空は曇りがちで、突然の雷鳴が鳴り響くこともある。
それはまるで、世界そのものが何かを警告しているかのような、不穏な気配だった。
* * *
「……また雷か」
リクは剣の手入れをしながら、低く唸るような音に顔を上げた。
窓の外では風が荒れ、黒雲がうねるように空を覆っている。
だが、雨は降らない。
ただただ、天が呻いているだけのようだった。
その異常気象は、一週間以上も続いた。
嵐、雷鳴、気温の乱高下。
天候が狂っているのは明らかだったが、どの魔導師にも説明ができなかった。
そして――その夜。
* * *
夜にもかかわらず、空は赤く燃えるような色に染まっていた。
風はぴたりと止み、王都全域が異様な静けさに包まれる。
誰かが息を飲む音が、妙に響いた。
リクが空を仰いだ時だった。
雲の切れ間、赤い空の中に、ぼんやりとした“顔”のようなものが浮かび上がっていた。
「……なんだ、あれは……?」
それは幻でも雲の形でもない。
間違いなく“誰か”の顔だった。
巨大で、威圧的で、恐ろしく鮮明。
次第にその輪郭が明確になっていく。
目が開き、口が動き――
「……我が名は、魔王ルシファー」
声は、空から直接、世界全体に染み込むように響いた。
鼓膜を震わせるのではなく、魂を直接揺さぶるような、禍々しい波動。
「魔人、魔物を統べる者。 この腐りきった世界を……GOX落ちした不良品の世界を、今こそ“清算”する」
* * *
同じ時刻、王国の各地でも異変は観測されていた。
王城の最上階で、女王シーユキは静かに天を睨んでいた。
震えが走りそうになる脚を、ぐっと踏みとどめる。
「……恐れるな。恐れてはならない……私は、王国の象徴……」
ロビンは、騎士団本部のバルコニーから空を仰ぎ、次なる戦の覚悟をその瞳に宿していた。
あまりの威圧感に、膝が砕けそうになるのを必死に堪える。
「これが……魔王か……だが、逃げるわけには……!」
なんは白銀の矢の訓練場で後輩たちを指導していたが、天に浮かぶ異様な顔に言葉を失い、黙して見上げる。
肩が強張る。
呼吸が浅くなる。
それでも表情は崩さない。
「これは……本能的な……恐怖……? それでも──負けるわけにはいきません!」
toshiは、XETA党の拠点で書類の束を前に立ち尽くしていた。
唇を引き結び、空を睨みつけていた。
額ににじむ冷や汗を袖で拭いながら、歯を食いしばる。
「……!」
* * *
再びリクの視点に戻る。
静まり返った路地に、通りがかりの男がぽつりとつぶやいた。
「……GOXって、なんだ?」
その言葉が消えるより早く、魔王の口が動いた。
「我が降臨の時は来た。 この世界に、我が顕現を果たす!」
その瞬間、魔王の顔が音もなく霧散し――
空が、“パリーン”というありえない音を立てて砕けた。
赤い亀裂が走り、天蓋そのものが砕け散る。
そしてそこから現れたのは――
宙に浮かぶ、巨大な漆黒の城。
雲の上に浮かぶその城は、まるでこの世のものではなかった。
塔が捻じれ、門は常にうねり、光すら吸い込まれるように沈んでいく。
「まずは──手始めに、イレギュラーを駆除する」
その瞬間、空に浮かんだ顔がふっとリクの方を見た気がした。
(……見られた?)
心の奥が凍りつくような感覚。
すぐに、エリナもまた、別の場所で同じ感覚を味わっていた。
そして──次の瞬間、二人の体が闇に包まれる。
「……ぐっ!」
「きゃっ……!」
地面が崩れ落ちるような感覚。
二人はそれぞれ、重力に引かれるように吸い込まれていく。
* * *
──暗闇の中で、リクが目を開けた。
「……ここは……?」
重たい空気。
冷たい石の床。
そしてすぐ近くで、うめき声が聞こえた。
「……エリナ!?」
「リク……っ」
二人は、お互いに駆け寄る。
「無事か? ケガは?」
「う、うん……ちょっとびっくりしただけ。でも……ここ……」
二人が周囲を見回す。
石造りの柱、赤黒いカーテン、天井から吊るされた不気味な燭台、並ぶ石像の列。
──まるで、城の中にいるようだった。
「ここって……まさか……あの、空に浮かんだ──?」
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




