第115話:再び歩き出すために
戦いが終わった王都には、ようやく静けさが戻りつつあった。
風に揺れる瓦礫の埃も、空に溶ける鐘の余韻も、今は心地よい静寂の一部となっていた。
リクとエリナは、ゆっくりと王都の通りを歩いていた。
石畳の隙間から芽吹いた草が、確かに“命”を主張していた。
瓦礫の陰から子供たちが顔を出し、廃墟の壁に絵を描いている。
「……少しずつ、戻ってきてるんだね」
エリナがそっと呟く。
「戻していくんだよ、俺たちで」
リクのその言葉には、どこか確かな覚悟が滲んでいた。
* * *
一方、冒険者ギルドのカウンター席では、ライアンが昼間から酒を煽っていた。
「んぐっ……ぷはっ、これだよ。生きてるって感じがするな」
隣の椅子には誰もいない。
だが彼は、戦場で倒れた仲間の名前を一つひとつ呟いて、黙って酒を注いだ。
* * *
リセルは、白銀の矢の訓練場に立っていた。
新たに団長となった“なん”の前で、弓を構える。
「この角度じゃ、風に持ってかれる。もっと右を狙って」
「なるほど……すごい、こんなに弓って奥が深かったんだ」
彼女の瞳には、純粋な向上心と、仲間の意志を受け継ごうとする静かな炎が宿っていた。
* * *
白銀の矢の団舎には、もう一人の来訪者がいた。
「ふむ……この気は、まだ戦場にあるな」
焼大人は訓練場を眺めながら、静かに腕を組んでいた。
騎士団員たちは最初こそ戸惑っていたが、彼の動きを見た瞬間に言葉を失った。
気づけば、数人の若手が焼大人の背中を真似して拳を構えている。
「教えてくれるんですか……?」
「心得たいのか?」
「はい!」
「では、黙ってついてこい!」
再建は、技と心から始まっていた。
* * *
Daiはワインバー《Dai》の入口に立ち、そっと看板に手を添えていた。
「……ようやく、戻ってこれたな、コルク」
白い犬が一声吠え、尻尾を振る。
「グラスも、食器も、再調達が必要だな。 料理も……今はまだ、シンプルな一皿から始めよう」
それでも、Daiの口元にはかすかな微笑が浮かんでいた。
彼は静かに店内へと歩を進めた。
その背中には、再びこの場所を“癒しと情報の拠点”として灯し直す、料理人とソムリエとしての確かな誇りが宿っていた。
コルクもまた、その背中を追うように、尻尾をふりながら中へ入っていった。
* * *
王都の広場では、湯気が立ち上っていた。
「並んでくださ~い! 味噌汁とごはん、皆さんに配ります! 量は十分にありますよ~!」
声を張って呼びかけるのは、和食職人タケシ。
その手際はまさにプロで、一杯の味噌汁を通して、人々の心をじんわりと温めていった。
「うめぇ……これ、なんの味噌?」
「うちの自家製っす!」
炊き出しの列には、かつて王都の地下に隠れていた民たちの笑顔が戻りつつあった。
* * *
「よっ! 勇気づけに来ました、大道芸人のJJでーす!」
ひょい、と飛び出した男が、一瞬で人々の視線をさらった。
彼の手にはボールが五つ。
指一本で回し、肩の上、頭のてっぺん、膝、果ては背中でもボールを回転させて見せる。
「いつもより多く回してまーす!」
その芸に、子どもたちが歓声をあげ、大人たちも顔をほころばせる。
「芸は命。 希望は芸にあり!」
その言葉とともに、王都に温かな風が吹いた。
* * *
炊き出しの列の横では、新聞が売られていた。
「『けんた新聞 第113号』だよ! 人事発表も載ってるよ!」
少年が声を張る。
記事にはこうあった。
【速報:王国騎士団 人事再編】
・取り急ぎ、人的被害の少なかった白銀の矢団長・ロビンを王国騎士団総帥に任命。
・新たな白銀の矢団長には副団長だったなんが昇格。
・蒼天の剣団長にはSILVER、紅蓮の盾団長にはaiz、漆黒の鎧団長にはsenがそれぞれ任命された。
・各団の再編と育成を担当するため、彼らは今後しばらく王都に常駐予定。
・また、お調子者として知られる仗助は、今回の戦闘で目覚ましい活躍を見せ、相応の役職が期待されたものの、本人は「東方で俺を必要としている奴がいる」と語り、東の地へと旅立ったという。
「こっちも買ってー『くにあつ経済新聞 第36号』だよ!」
別の少年が声を張る。
・らふ天のいちご泥棒社長、王国復興のために莫大な資金を支援。
・キクノスマイ株式会社、Qtaro社長の指示で仮住まい支援開始。
・紡希メイ氏、ロイヤルペンギンの非道さを記録する「歴史資料プロジェクト」発足。
・王国が誇る天才Fum技長、サクラ団長の装備を回収。
それらの記事を読みながら、広場にいた人々は、かすかな笑みとともに顔を上げる。
希望の芽は、確かにそこにあった。
戦いの傷跡は深い。だが、歩みは止まらない。
それぞれが、それぞれの形で、王国を再び動かし始めていた――。
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