第7話:新たな危機と旅立ちの決意
エリナがリクの家に身を寄せるようになってから、いつの間にか数日が過ぎていた。
村の暮らしは決して贅沢ではなかった。石造りの小さな家、限られた水と薪、朝夕には動物の鳴き声が響く静かな村――
けれどその素朴な日常の中に、エリナはこれまで感じたことのない温もりを見つけていた。
リクの両親――ガイルとリナは、血の繋がりのない彼女に対しても分け隔てなく接してくれた。
リクはどこまでも不器用で、でも真っすぐな優しさを向けてくれる。
エリナの顔には、少しずつではあるが自然な笑みが戻りつつあった。
朝の光が差し込む食卓。
焼きたてのパンの香ばしい香り、温かいスープを囲んで交わす他愛のない会話。
丘の上で二人きり、言葉少なに眺める茜色の夕暮れ。
そんな何気ない瞬間が、エリナにとっては宝石のようにきらめいていた。
――こんな日々が、ずっと続けばいいのに。
そう思っていた。だが、幸福はあまりにも脆く、あまりにも突然に崩れ去る。
「リク! 大変だ! 魔物の群れが、こっちに向かってきてる!」
村の見張りの少年が、血相を変えて叫びながら家へ飛び込んできた。
リクは一瞬で立ち上がり、椅子を跳ね除けて玄関に駆け出す。
腰に差した剣を素早く手に取り、靴もそこそこに外へ飛び出した。
村の広場では、既に騒然とした空気が広がっていた。
男たちが武器を手に走り回り、子どもたちは泣き叫びながら家に押し込まれていく。
空気がざわめき、地鳴りのような不穏な音が地平線の向こうから近づいてくる。
「くそっ……どうして、こんな田舎にまで魔物が……!」
リクは遠くの地面に目を凝らした。
黒い影が、土煙を巻き上げながらこちらに向かって疾走してくる。
それはまるで、災厄そのものが形を成して押し寄せてくるかのようだった。
「来るなよ……っ!」
リクは剣を強く握りしめ、恐怖を振り払うように前に出た。
父に教え込まれた剣術を頼りに、一体、また一体と斬りかかる。
だが、敵の数が多すぎる。
四方八方から飛びかかってくる魔物たちに、息をつく暇すらない。
「くっ……!」
肩に鋭い爪がかすり、体勢を崩して地面に転がったその瞬間――
「リク!!」
耳に馴染んだ、でも今まで聞いたことのない強さを帯びた声が飛び込んできた。
振り返ると、そこには魔法陣を展開させたエリナの姿があった。
風に揺れる髪、決意に燃える瞳。
その表情には、もはや怯えも戸惑いもなかった。
「私も戦う! あなたを守りたいの!」
リクは目を見開いた。
「でも……お前の力を使ったら、また村の奴らが――!」
「構わない!」
エリナの叫びは風を裂き、迷いを吹き飛ばす。
「それでもいい。嫌われても、恐れられても……私は、あなたを守りたいの。誰がなんと言おうと、私の意思で!」
その瞬間、彼女の両手から放たれた光の鎖――
「XANAチェーン」が、雷鳴のごとく炸裂し、目にも止まらぬ速さで魔物たちを貫いた。
鎖はしなやかに空を走り、まるで意思を持つように標的を選び、次々と敵を打ち倒す。
その光はまばゆく、そしてどこか神聖な力を感じさせた。
だが、村人たちはその美しさよりも「異質さ」に目を奪われた。
「ま、またあの娘の力か……!」
「なんて不吉な……あの災いは、やっぱりあの娘が招いたんだ!」
「この村に、あんな力はふさわしくない……!」
恐怖が理性を超え、不安が怒りに姿を変えていく。
罵声が、炎のようにエリナを包み込む。
「出ていけ! ここはお前の居場所じゃない!」
「怪物め! また何をしでかすか分かったもんじゃない!」
エリナは唇を噛み、俯いた。
両手は震え、呼吸も浅くなる。
全身が冷たく凍えるような怒号の中で、それでも彼女は必死に耐えていた。
なにも言い返さず、ただ、その場に立ち尽くしていた。
その姿を見たリクの中で、何かが弾けた。
「やめろ……!」
唸るような声で低く呟いたその瞬間、彼は剣を地面に叩きつけるように振り払った。
「やめろって言ってるんだ!!」
怒声が空気を震わせ、村人たちが一斉にリクを見る。
「エリナは、俺を守ってくれたんだ! たった今、命を懸けて戦ってくれたんだぞ! あの魔物から、俺たちみんなを救ってくれたんだ!」
村人たちはざわついた。
だが恐れの声は止まらない。
「お前たちは何もできなかった! ただ怯えて、隠れて、それでいて……誰かが勇気を出したら、それを疑い、否定する!
善意すら、力すら、憎しみで踏みにじるなんて――それでも人間かよ!」
リクの叫びが、冷え切った空気を打ち破る。
一瞬の沈黙。
けれど、村人たちの視線は相変わらず冷たかった。
リクは唇を噛み、震える拳を握りしめた。
「……もういい。お前らには失望したよ」
彼はエリナの手をぐっと握る。
その手はまだ震えていたが、リクの温もりに少しだけ力を取り戻す。
「行こう、エリナ。こんな奴らの中にいても、お前が幸せになれるわけがない」
エリナは、わずかに瞳を揺らしながら、ためらいがちに口を開いた。
「……でも、リクの居場所は……ここでしょ?」
「違うよ」
リクは静かに、でもはっきりと答えた。
「俺の居場所は、お前がいる場所だ。ここじゃない。――だから、一緒に行こう」
その言葉に、エリナの頬をまたひとしずく、涙が伝った。
それでも彼女は、小さく頷いた。
そして二人は、まだ見ぬ未来に向かって歩き出した。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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