第111話:崩壊と静寂
──もはや、軍とは呼べなかった。
ロビン団長の視界には、騎士団のかつての隊列など、微塵も残っていない。散り散りに分断された騎士たちが、それぞれの場所でただ、生き残るために剣を振るっている。
「はぁ、はぁ……っ!」
ロビン自身も、得意の弓矢は疾うに尽き、剣の切っ先は欠け、身体は傷と泥にまみれていた。
声を張って指示を飛ばす余力など、とっくに尽きていた。
今や指揮どころか、自らの足元すらままならない。
仲間の悲鳴が聞こえる。
数十メートル先で、誰かがゾンビペンギンに食いちぎられている。
だが、ロビンはその方向へ向かうことすらできなかった。
──限界だ。ここまでか……。
思わず、そう口の中で呟いた瞬間だった。
ゾンビペンギンの動きが、突如として止まった。
「……?」
ロビンは眉をひそめた。
何体ものゾンビが、まるで糸が切れたようにその場で崩れ落ちていく。
ドロドロと溶けて、地面に染み込んでいった。
「……な、なんだこれは……?」
他の騎士たちも呆然とその光景を見つめている。
誰かがぽつりと呟いた。
「王都で……誰かがやってくれたのか……?」
ロビンは、その言葉にふと顔を上げた。
──アザラシッム総帥。
朽ちることのない背中が、脳裏に浮かぶ。
ロビンは、血に濡れた額を拭いながら小さく笑った。
「……やってくれたんですね、総帥……みんな……」
* * *
視点は王都・中央広場へと移る。
立っているのは、リクたちだけだった。
あたりには、動く者の姿はなかった。
かつて勇敢に戦った騎士たち、仲間たちは、皆倒れている。
ゾンビペンギンもすべて溶け去り、異様な静けさが広がっていた。
「……終わったのか……?」
リクがぽつりと呟く。
「……あの人が……命と引き換えに、ロイヤルペンギンを……」
エリナは目を伏せ、そっと呟いた。
「……ありがとう……あなたがいなければ、私たち……もう……」
リセルが歯を食いしばりながら言う。
その声には、深い感謝と痛みが滲んでいた。
「でも……まだ、生きてる人がいるかもしれない! 一人でも……助けなきゃ!」
エリナが顔を上げ、すぐに歩き出そうとする。
だが──
「っ──ぐっ……!」
リクの膝が、がくんと音を立てて崩れ落ちた。
「リク!?」
エリナが叫ぶ。
だが、それは彼だけではなかった。
気が抜けたのか、ライアンも、リセルも、焼大人も、次々に膝をつき、前へ進もうとしたが、足が動かない。
「……もう……だめ……だ」
ライアンはうわごとのように呟いたかと思うと、そのまま顔から倒れて気絶した。
「……助けに行きたいのに……っ!」
リセルは悔しさを滲ませ、歯を食いしばったまま崩れ落ちる。
拳を握りしめ、涙をこぼしながら。
「ぬおおおお! こんなところで! 燃え尽き……たー!」
焼大人はひとり芝居のように叫んでから、どさりと倒れた。
白目をむいて、見事なまでに気絶している。
「くそっ……! 動け……動いてくれ……っ!」
リクが地面に手を突きながら、必死に立ち上がろうとする。
だが、もう力が入らない。
戦闘が始まってから、幾度もの連戦。
休む間もなく続いた死闘。
仲間の死、恐怖、怒り、悲しみ――すべてを背負って戦い抜いた身体は、すでに限界を超えていた。
「……助けなきゃ……まだ……誰か……」
エリナも震える声でそう呟いたが、その言葉は途中で途切れた。
彼女の足元がふらつき、ついには膝をつく。
そして──
次々にその場に崩れ落ちていった。
気を失う直前、リクは、どこか遠くを見つめるように空を仰いだ。
白く濁った曇天の隙間から、わずかに陽が差していた。
──負けなかった……。
胸の奥で、そう思った。
その瞬間、リクの意識は、ふっと暗闇に包まれていった。
* * *
王都に、静寂が訪れた。
それは、戦いの終わりを告げる鐘のように──静かで、冷たかった。
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