第109話: 断ち切られた希望
ロイヤルペンギンの喉が、大きく波打った。
──ゴクリ。
アザラシッムという男の全身が、ゆっくりとその体内へと呑み込まれていく。
最後に浮かべたあの笑みの意味など、今となってはどうでもいい。
「ふふっ……これは……これはヤバいねぇ……っ!」
ロイヤルペンギンは陶酔したように目を細め、恍惚の吐息を漏らした。
口元から滴る血が頬を伝っても、それすらも甘美な余韻として味わっているかのようだった。
「アザラシッム……あれほどの強者の“魂”を喰らうなんて……ああ……甘美すぎて、身体が……溶けていきそうだよォ……!」
膝を抱え、首を左右に揺らしながらクツクツと笑うその姿は、もはや理性という檻を外れた快楽中毒者。
「ひゃっ……あはっ……っく、ふふ、たまんない……これが……これが“強者の味”か……! 全身が光に包まれてるみたい……! これ、キマってるよ……完全に……!」
その瞳は焦点すら合っておらず、今や麻薬に溺れた者のように、快楽の深淵に堕ちていた。
* * *
──そして。
視点は、今なお戦場に立つ者たち──リクたちへと移る。
あたり一面に広がるのは、まさしく地獄だった。
広場のあちこちで炎が上がり、地面には血にまみれた鎧や折れた剣が転がっている。
かつて共に戦っていた仲間たちの姿は、もはやどこにも見えない。
皆、ゾンビペンギンの餌と化し、残されたのは絶望だけだった。
唯一残された小さな空間──そこに、リク、エリナ、ライアン、リセル、焼大人、Dai、そして白い犬・コルクの姿があった。
彼らを守っていたのは、淡く輝く鎖の結界。
エリナを中心に、XANAチェーンが外へ向かって円形に展開され、まるで生きているかのように緩やかに脈動していた。
「……この結界がなければ、私たちも……」
エリナが顔を伏せ、かすれた声で呟く。
「XANAチェーン……ありがとう……」
その結界は、彼女が放った地属性の特殊魔法だった。
足元に敷かれた鎖が瞬時に外周を構築し、ゾンビペンギンの接近に応じて自動で攻撃を繰り出す。
侵入者に対しては、一瞬で鎖が巻き付き、容赦なく弾き飛ばす──それは極めて実戦的な防衛魔法だった。
襲いかかるゾンビペンギンの突撃に反応し、鎖は幾重にも折り重なりながら激しく蠢き、自動防御を繰り返す。その激しい動きが、地面に風紋のような跡を刻んでいた。
この結界がなければ、今ここに立つ者など、誰ひとりとして生き残ってはいなかっただろう。
リクたちは言葉を失い、ただ中央の“穴”を見据えていた。
そこに──
「やあ……やあやあ、残ってるのは……君たちだけかい?」
ロイヤルペンギンが、舌なめずりしながら姿を現した。
「いやぁ、久しぶりに“本気で食った”よ。 満足、満足……あれほどの男でも、所詮は“肉”だねぇ」
その声はどこまでも軽く、どこまでも不遜。
まるで人間という存在そのものを見下しているようだった。
くちばしをニタリと歪め、こう続ける。
「強い力はないって言ったけど──吾輩、別に弱くはないんだよ。 ちょ〜っとだけ、性格が悪いだけでさ!」
あくまで“ちょっと”と飄々と語るが、その“ちょっと”がこの地獄を生んだという事実は、誰の目にも明らかだった。
そして彼は、満足げに腹をさすり、大きく口を開けて笑い始めた。
「いや〜、気分いいねぇ……! まるで、フルコースのメインディッシュをしっかり堪能して、あとはデザートをつまみながら余韻に浸る──そんな優雅な午後って感じ?」
その声に、リクたちの表情が凍りついた。
エリナは唇を噛み、ライアンは震える拳を握る。
焼大人は、かつてないほど真剣な目で前を見つめ、リセルは震えながらも歯を食いしばる。
Daiは静かにコルクを撫で、その白い毛にわずかな希望を託すかのように寄り添っていた。
だが、誰もが思っていた。
──これが“終わり”なのか、と。
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