第108話: 最も強き者の最期
血に染まる視界の中で、アザラシッムは崩れ落ちた膝を支えるように、なんとか上体だけを保っていた。
両腕を失った今、もはや剣を振るうことも、拳を握ることすら叶わない。
ただ、朦朧とする意識の中で、崩れていく仲間たちの姿を見つめるしかなかった。
──ユリウス。
その周囲では、最後まで彼と共に戦っていた騎士たちが、次々とゾンビペンギンに喰われていった。
返り血を浴びながら、ユリウスは一人、剣を振るい続けていたが、その姿には明らかな限界の色が滲んでいた。
──なん。
彼女の傍らにも、もはや数名しか騎士は残っていない。
それでも、剣を振るい、指示を飛ばし続けていたが、その瞳には焦燥と、わずかな諦めの色が混じっていた。
全ては時間の問題──アザラシッムの脳は、冷静にそれを理解していた。
──仗助は……。
見えない。
黒煙と血飛沫の奥、無数のゾンビペンギンの群れに囲まれ、彼の姿は視認すらできなかった。
──そして、リクたちは。
広場の一角。透明な“城壁”のような結界に囲まれている彼らは、辛うじてゾンビペンギンとの距離を保っていた。
だが、それがいつ破られるか──時間の猶予は、もはや限界だった。
そんな中、穴の縁に腰を下ろすロイヤルペンギンが、大きく口を開けて笑った。
「ふふ……さあ、そろそろフィナーレといこうかねぇ?」
その言葉に、アザラシッムは静かに目を伏せた。
血が止まらない。
意識が揺れる。
痛みはまだあるはずなのに、それすら霞んでいく。
「……王国は……ここで終わるのだな……」
誰にともなく、彼はぽつりと呟いた。
「もういい……このまま喰われるなら……せめて……」
ゆっくりと顔を上げ、ロイヤルペンギンを見据える。
「せめて、“魔人”たるお前の手で終わらせてくれ。 ……ゾンビではなく、本体である、お前に」
その願いに、ロイヤルペンギンは小さく首を傾げ、やがて不気味な笑みを浮かべた。
「ほほぉ……珍しいお願いを聞いたよ。 “吾輩に直接食われたい”とは……ふふふ、いいよ。 聞いてあげよう」
のそり、と立ち上がり、ゆっくりと歩み寄るロイヤルペンギン。
嘴を大きく開き、そこにはびっしりと生え揃った棘状の歯が、獲物を待ち構えていた。
「じゃあ──」
その瞬間だった。
「……その前にさ」
ぐい、とロイヤルペンギンがアザラシッムの腰に嘴を伸ばし、ポーチを乱暴に引き剥がした。
「これ、邪魔だよねぇ? 捨てちゃおうか」
ボト、と音を立てて地面に落とされたそれを、ロイヤルペンギンは足で踏みつける。
「……キミがね、何か“受け取る”とこ、見てたんだよ。 気になってたんだよねぇ……切り札、でしょ?」
「……っ!」
「これでもう、無駄死に確定。 ふははっ、残念だったねぇ!」
アザラシッムの顔に、初めて“絶望”が浮かんだ。
「さて──それじゃあ、“最も強かった人間”の味、堪能しようか!」
ロイヤルペンギンはゆっくりと嘴を開き、そして──
「パクリッ☆」
音とともに、その巨体が彼を呑み込んだ。
誰もがそれを見ていた。
いや、見せつけられた。
希望の象徴であった総帥が、魔人に食べられる、その瞬間を。
──だが。
咀嚼するロイヤルペンギンの顔が、ふと止まる。
ほんの一瞬、飲み込まれる直前のアザラシッムの表情が、脳裏に残っていた。
……笑っていた。
確かに、あの男は、最後に微笑を浮かべていたのだ。
「──ま、いっか。旨けりゃそれでいいや♪」
ロイヤルペンギンは気にする様子もなく、くっちゃくっちゃと咀嚼を続けた。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」




