第107話:届いたはずの刃
重く湿った空気が、戦場を覆っていた。
学習し、進化を遂げたゾンビペンギンたちは、明確にこちらの動きを“読んで”いた。
盾で受けたと思えば側面から回り込み、剣を振るえば半歩下がってかわす。
先ほどまでの無機質な動きとはまるで別物──否、戦うたびに“強くなって”いた。
疲弊しきった騎士たちが、ひとり、またひとりと崩れ落ちていく。
そんな中──。
「……時間をかければ、こちらが不利になるだけ……」
アザラシッムは短く息を吐き、静かに剣を握り直した。
「ここが仕掛ける時か。 失敗すれば、後がない……ならば、賭けるしかあるまい」
そう呟くと、彼は地面を強く踏み締め、肩幅に足を開き、大きく両腕を広げた。
瞬間、空気が震え、地を這うような圧が周囲に走る。
その異様な気配に、焼大人の目が見開かれる。
「あれは……まさか……!」
「知ってるのか、焼大人!?」
リクが思わず問いかけると、焼大人は眉を吊り上げ、頷いた。
「古の奥義……“激震連突・千本穿ち”! かつて北方の戦で一度だけ目にした。 あの男の最後の手札だ……!」
「“激震連突・千本穿ち”? なんですか、それは……」
エリナの問いに、焼大人は唇を吊り上げ、懐かしむように語った。
「若造……あれは、我が武術界でも最も危険とされる連撃奥義。 正確には──“突撃無限衝破流”の極致……」
「と、突撃……?」
焼大人はどこからか一冊の本を取り出し、ドヤ顔で掲げる。
「民民書房刊『図解・突撃奥義大全』によれば──」
リセルが思わず「そんな本あるの!?」とツッコミかけたが、それを遮るように焼大人が語り始める。
「“激震連突・千本穿ち”とは、アザラシッム流奥義の中でも最も危険とされる突撃剣技。 全身の力を一度地面に溜め込み、一気に剣を前へ水平に突き出し、敵へと突進する。 そして再びその場で溜め、突撃、溜め、突撃──それを超高速で繰り返すことで、前方の敵を千の刃で貫くがごとく粉砕するのだ!」
「そんなの、人間にできるわけ──」
ライアンが言いかけたその瞬間──
「──できるから恐ろしいのだ。 だがその代償もまた絶大。 肉体への反動、視界の崩壊、そして──自壊の危険すらある。 まさに命懸けの技よ……!」
焼大人が口を閉じたとき、アザラシッムはすでに突進を開始していた。
「おおおおおおおおおっ!!」
怒号とともに放たれた剣閃は、まさに稲妻。
ゾンビペンギンの群れを次々と薙ぎ払い、血と肉片をまき散らしながら、風圧と剣圧が爆風のように戦場を吹き抜けていく。
「速い……! これは、本体に届く!!」
Daiが叫び、焼大人も思わず拳を握った。
──そして、ついに。
その刃は、ロイヤルペンギンの目前にまで迫った。
「喰らえぇぇええっ!!」
ドンッ!!
重厚な衝突音とともに、アザラシッムの剣がロイヤルペンギンの胸元を貫いた──はずだった。
「やったか──?」
振り返ったアザラシッムの目に映ったのは、爆散したはずのロイヤルペンギンではなかった。
そこには、口元に血をつけたまま、まるで“食事の続きを楽しんでいる”かのように咀嚼していた魔人の姿があった。
そして、その手元には──アザラシッムが持っていたはずの剣。
「なっ……!?」
異変に気づいたのはその瞬間だった。
腕が、ない──。
自らの両腕が、肩の付け根からごっそりと消えていたのだ。
「──ッ!!」
「う、あ、あああ……」
血が噴き出す。アザラシッムは膝を突き、よろける。
ロイヤルペンギンが、くっくっくと喉の奥で笑い、口を開いた。
「ようやく届いたかと思えば……その代償、ずいぶんと高くついたようだね」
──誰よりも頼れるはずだった総帥の両腕が失われた。
リクは、息を呑む。
「アザラシッム総帥……!」
なんは言葉を失い、ユリウスは拳を震わせ、仗助でさえ──いつもの冗談すら口に出なかった。
彼らの身体はすでに限界だった。
精神もまた、徐々に押し潰されようとしていた。
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