第106話:錯覚の包囲網
──その頃、王城の外周でも戦いは続いていた。
吹きすさぶ風の中、ロビン団長は高台に立ち、指揮棒を振るいながら声を張り上げる。
「踏みとどまれ! 今この場で奴らを食い止めることが、王都内の同志たちを救うのだ!」
彼の顔には疲労の色がにじみ、髪は血と汗で張りついていた。
それでも、声には一点の迷いもない。
「左翼、瓦礫の陰に敵が潜んでいる! 誘い込んで、焼却班、準備しろ!」
命令が飛ぶたびに、疲弊しきった騎士たちが顔を上げる。
肩で息をし、脚を引きずりながら、それでも彼らは動いた。
──ここで倒れれば、城内の民も、王都で必死に戦っている仲間も、全て終わる。
ロビンの声が、その場にいたすべての兵士の支柱だった。
* * *
──それから、数時間が経過した。
夜はすでに深まり、戦場を照らすのは炎と魔導灯だけだった。
灰色の空の下、戦いはなおも続いている。
中央広場では、幾つもの勢力がロイヤルペンギンを囲むように布陣していた。
アザラシッムは穴の正面から斬り込んでいた。
なんは隊列の維持を徹底し、ユリウスは突撃の先頭を切り、仗助は影のように縦横無尽に動き続けていた。
リクたちも奮闘していた。
コルクが敵の首筋を裂き、ライアンの一撃がゾンビの群れを分断する。
リセルの矢は味方の隙を埋め、Daiは静かに、だが確実に敵の急所を貫いていく。
全ては、ロイヤルペンギンを──“あの穴”から引きずり出すために。
そして、その瞬間は突然に訪れた。
* * *
「……ん?」
陣地の後方で防衛を担っていた、一人の若い騎士がふと顔を上げた。
「さっきより……何だか……あの魔人が……遠くなってる?」
隣の騎士が首を傾げた。
「気のせいだろ? いや、でも……あれ……?」
その違和感は、やがて周囲へと波紋のように広がっていく。
前線の者たちが、じり、と足を止めた。
アザラシッムが眉をひそめ、数時間前の記憶を呼び起こす。
ユリウスが剣を振るう手を止め、仗助が煙の中で立ち止まる。
「……あれ?」
と、仗助がぼそりとつぶやいた。
──確かに、接近していたはずだった。
あの穴に、奴に、届きかけていた。
だが。
気づけば──全員が、少しずつ“遠のいて”いたのだ。
まるで、広場そのものが、静かに彼らを引き離したかのように。
* * *
そして。
広場中央、“王座”のように穴の縁に腰掛けていたロイヤルペンギンが、突如、大声で笑い出した。
「ヒャッ……ヒャハハハハッ!! やっと気づいたか、愚か者どもォ!!」
その声に、戦場全体が凍りついた。
「まったく……時間をかければ、こうも面白くなるとはなァ!」
彼の身体の周囲に、次々とゾンビペンギンの亡骸が吸い込まれていく。
そして再び、地面を破って蘇るゾンビたち──。
だが、明らかに以前と“違っていた”。
剣の軌道を読んでかわす者。
弓兵を優先的に襲う者。
盾を持つ騎士に背後から回り込む者──。
「ただただ、やられてるだけじゃないのよ。 こちとら、“学ぶ”のよォ……!」
ロイヤルペンギンの口が裂けんばかりに笑い、その瞳は血走っていた。
「オマエラの動き、“経験”として喰ってんだよ……!」
* * *
「……っ!」
リクが息を呑んだ。
なんの表情がわずかに曇り、ユリウスが歯を食いしばる。
「……まさか、ゾンビペンギンに……経験が蓄積されてるだと……?」
と、仗助が呻く。
それは、戦場に立つ者たちにとって、あまりにも残酷な現実だった。
いくら倒しても、いくら焼いても──
次に現れる敵は、それ以上の“知識”を持って襲いかかってくる。
敵は死を繰り返すことで、進化している。
そして味方は、時間と共に疲弊していく。
それが意味するのは──
確実な、敗北への“積み上げ”だった。
だが、それでも彼らは剣を手放さなかった。
まだ、諦めるには早すぎる──。
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