第6話:エリナの告白
その夜、雲ひとつない澄んだ空が村を覆っていた。
星々はびっしりと夜空を埋め尽くし、まるで手を伸ばせば掴めそうなほどに煌めいていた。
風は静かに吹き、村の外れにある小高い丘をそっと撫でてゆく。
リクとエリナは、その丘の上に並んで腰を下ろしていた。
村の喧騒から離れ、誰もいないこの場所は、いつしか二人にとって“秘密の居場所”になっていた。
草の匂い、虫の声、遠くからかすかに聞こえる夜の動物たちの気配――
すべてが、穏やかで、心を落ち着かせてくれる静寂に包まれていた。
しばらくの沈黙のあと、それを破るようにエリナが口を開いた。
「ねぇ……リク」
その声は風に紛れて消えそうなほど小さく、それでも芯のある響きを帯びていた。
「私の魔法のこと……ちゃんと話さなきゃいけないと思うの」
リクは隣に座る彼女の横顔を見つめた。
月明かりに照らされた金の髪が夜風に揺れ、彼女の瞳には決意の光が宿っていた。
「……別に無理に言う必要はないんだぞ。嫌なら、話さなくていい」
リクの声はあくまでも優しかった。
だが、エリナは小さく首を振った。
「ううん。もう、誰かに聞いてもらいたいって、ずっと思ってたから……リクになら、話せる気がする」
そう言って、彼女は自分の膝に視線を落とし、両手をぎゅっと握りしめた。
しばらく沈黙が続いた後、小さく息を吐いてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私が使う魔法……“XANAチェーン”って呼んでるんだけど……これは、私が勝手に名付けたの」
「XANAチェーン……?」
「うん。誰かに教わったわけじゃない。突然、頭の中にその言葉が浮かんできて……それ以外、思いつかなかったから、そのまま使ってる。意味も由来も、自分でも分からないんだ」
リクは不思議な名前だと思ったが、それを否定するような言葉は口に出さなかった。
彼女の話す一言一言が、大切な告白なのだと、直感で理解していた。
「でもこの力は、誰にも理解されなかった。私が説明しようとしても、誰も信じてくれないし……使えば使うほど、みんなが私を怖がるようになった。
魔物より恐ろしいって……私のことを“災いを呼ぶ存在”みたいに扱って……」
エリナの声が震えていた。
これまで押し殺してきた想いが、言葉の隙間からあふれ出す。
「でも、私は――人を傷つけたいなんて、思ったことは一度もなかったの。
怖くて、苦しくて、ただ反射的に力を使っただけ……それだけなのに……」
言葉が詰まり、彼女はぎゅっと唇を噛んだ。
リクは黙って、彼女の肩にそっと手を置いた。
その手はあたたかく、静かな安心を伝えてくる。
「エリナ……その力は、お前だけのものだ。誰がなんと言おうと、それは“お前自身”の一部なんだ。怖がることなんて、ないよ」
エリナは、驚いたようにリクを見上げた。
月の光が彼の輪郭を淡く照らしていて、その瞳には一切の恐れも偏見もなかった。
「でも……この力のせいで、大切な人を傷つけてしまったら……って、考えると怖くなるの。私のせいで、家族も……」
「……違う」
リクは今度はそっと彼女の手を握った。
しっかりとしたその力強さが、彼の覚悟を物語っていた。
「お前の力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。
少なくとも、俺はそう思ってる。お前は――誰かを守ろうとした。
その心がある限り、大丈夫だ。俺は信じるよ、お前の気持ちを」
その言葉に、エリナの瞳が一瞬揺れた。
「リク……」
「魔法の仕組みとか、そういうのは分からないけど……お前のことは、ちゃんと見てる。
今のお前の顔が、その証拠だろ? 泣きながらも誰かを想ってる。その優しさが本当のお前なんだ」
エリナの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
その涙は、ずっと胸の奥に押し込めていたものが、ようやく溶け出した証だった。
「ありがとう……リク。私……リクに会えて、本当に、よかった……」
彼女はそっと体を傾け、リクの肩にもたれかかった。
その小さなぬくもりを、リクは黙って受け入れた。
丘の上には、変わらず星の瞬きと夜の静けさが続いていた。
そしてそのなかに、二人だけの温かな時間が、ゆっくりと流れていた。
やがてエリナは、涙のかわりに、微かに笑みを浮かべた。
それはとても弱々しくて、それでも確かに“希望”と呼べるものだった。
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