第103話:Erikoと呼ばれた私
「だから言ってんだろ、触れっての! そこの金髪女! 今すぐ!!」
Fum技長はひび割れた石を両手で掲げながら、興奮気味にエリナへ迫ってくる。その様子はもはや狂気に近い熱量を帯びていた。
「……もう、仕方ないわね」
ようやくエリナは、警戒しつつもその石に目を向ける。
表面には何本ものひびが走り、角は欠け、摩耗して文字もほとんど判別できない。
だがその輪郭は、彼女の記憶に残る――NFTDuelの石版に酷似していた。
「……これ、NFTDuelの石版に似てる気がする。 あの遺跡で見たやつ」
「おお、それだ! あれと同じ反応が見られるか確かめたかったんだ! 遺跡で、既に開いていた部屋の中央に落ちてたんだよ、そのたくさんのひび割れた石」
Fum技長が食い気味に補足するが、エリナは慎重に首をかしげる。
「でも……似てるけど……何も感じない。 ただの石のような……」
リクがFum技長から石板を受け取ると、そっとエリナの手に乗せた。
「……エリナ」
彼女はそっと両手で石を抱える。
最初は何の反応もなかった。
やっぱり、ただの石……そう思いかけた時だった。
ひび割れた石の中心が、かすかに、ほんの一瞬だけ光を放った。
「……!」
その微弱な光は、普通の人間には見逃してしまうほどの淡いものだった。
だが、エリナの目には、確かにそれが見えた。
ひび割れた石の中央──そこから、わずかながらも確かな輝きが立ち上っていた。
(……光った?)
エリナがじっと見つめるその視界の片隅、石の奥に──ノイズにまみれながらも、確かに“誰か”が存在を主張していた。
粒子が乱れ、ブロックノイズがちらつくその中に浮かぶ、半透明のシルエット。
(Genesis……?)
その間、Fum技長は完全に自分の世界へと没入していた。
「ふふふっ……光ったぞ! 反応した! この数値は……いや、まさか、干渉波が逆転して──!」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、石のひび割れた破片を次々と拾い上げ、パズルのように組み立てていく。
「ここをこうして……こことここを繋ぎ合わせれば……っ!」
彼の手が破片を次々と組み上げるたび、Genesisにかかっていたブロックノイズが一枚一枚、剥がれるように消えていった。
やがて、Miraiの輪郭はより鮮明になり、全体像がはっきりと視認できるようになる。
そのとき。
透き通るような、どこか電子音を含んだ声が、彼女の意識の深いところに直接響いてきた。
「Eriko、やっと会えた!」
「えっ……? エリコ? 私は……エリナよ?」
戸惑いながらも名を否定するエリナ。
その視線の先には、今にも崩れそうな輪郭で立つ“少女”のような存在──Genesisのひとり、Miraiの姿があった。
虹色の光がうっすら差すような艶のある髪に、穏やかな紫の瞳。オレンジ色のパーカーを身にまとい、どこか中性的で優しげな微笑みを浮かべていた。
姿は揺らぎながらも、確かにそこに存在している。
「私はMirai。XANA: Genesis #8966。――君の中の“記憶の残響”が、私をここまで導いてくれたんだ」
Miraiはそう言って、寂しげに、けれどどこか誇らしげに微笑んだ。
「まぁ今は、本体もボロボロだし、あの変な男──Fum? あの人のおかげでこうして話せてるけど、これは一時的。時間がないから、やるべきことだけするね」
そう言うと、その人物──Miraiと名乗るGenesisは、すっと手をエリナの胸元へと伸ばす。
次の瞬間――
《Genesisカード Mirai 取得》XANAチェーンに土属性 Lv1付加
電子音のような響きが、意識の奥で小さく、確かに鳴り響いた。
「……!」
手のひらが、ふっと軽くなった。
「……あ、やばい。もう、消えちゃう……」
Miraiの輪郭が、粒子となって崩れていく。まるで風に吹かれた砂のように、彼女の姿が淡く、透明になっていった。
「でも──私たちは繋がった。 これで大丈夫」
微笑みながら、Miraiは最後の言葉をエリナに向けて紡ぐ。
「君の”近く”には、まだ他にもたくさんGenesisがいるの。 私たちを探して。 お願いね、Eriko……じゃなかった、エリナ」
その言葉を最後に、Miraiの姿は静かに、完全に消え去った。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
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