第102話:初対面は最悪の香り
王都市街地の瓦礫の間を、リクたち一行は駆け抜けていた。
「なにかを感じる……気の流れが、そっちに集まっておるッ!」
先頭を切っているのは、焼大人。
その背は大きく、その足取りは軽やか──だが、誰よりも早く、正確な道を選び続けている。
「……焼大人さん、道、合ってますよね?」
リセルが一抹の不安を口にするも、当の本人は後ろを振り返りもせずに拳を握る。
「うむ、我がセンサーが“気”の流れを捉えておる。風が、熱が、魂が……すべてが我が行く道を指しておるのだッ!」
「便利だな、あのセンサー……」
ライアンが呆れ混じりに呟くが、事実、彼らは一切迷うことなく、破壊された街の瓦礫や路地を抜けて進んでいた。
後方では、Daiが慎重に背後を確認しつつ、最後尾を守っている。
その隣を並走する白い中型犬、コルクは小さく「ワン」と吠え、ぴくりと片耳を立てた。
「お、コルクもこの先に敵がいるといってますね。……あなたはいつも頼りになりますね」
Daiが笑いかけると、コルクは得意げに尻尾を一振りした。
「なんか……気づいたら、中央に向かってないか?」
リクが周囲の地形に目を向けて呟く。
「うん……このまま行けば中央広場。街の要だし、広くて隊を展開しやすい。集団戦になるなら、きっとあそこよ」
エリナは頷きながら、手元の地図を見てそう呟いた。
「まさか、“気の流れ”ってやつ、本当に当たってる……?」
リセルが半信半疑の表情を見せたそのとき、コルクが一つ「ウォン!」と吠えた。
その鼻先は、まっすぐに前方を指している。
「ふむ。見ろ、犬の鼻も“当たってる”と言っておるぞ」
焼大人が不敵に笑い、白いスカーフが風を裂くようにたなびいた。
その時──。
建物の脇道から、不意に二つの人影が飛び出してきた。
「っ!」
咄嗟に構えを取ったリクだったが、すぐに見慣れた姿に気づく。
「リリィ……!」
仲間の名を呼び、一行は足を止めた。
だが、問題はその隣にいた人物だった。
ボサボサの頭髪に毛むくじゃらの顔。
肌の色すら判別できないほどに隠れたその顔は、黒いサングラスで目元も覆われている。
着ているローブは焦げや裂け目でボロボロになり、そこから覗く肌も汚れと埃にまみれていた。
何より鼻を突いたのは、数日風呂に入っていない者特有の異臭──酸味と薬品が混ざったような、刺激の強い匂いだった。
──その人物は、誰に挨拶をすることもなく、無言のまま真っすぐにエリナを指差した。
「そこの金髪女! これを触れ! 今すぐだ、早く!」
「えっ……!?」
唐突で威圧的な命令に、エリナは思わず顔をしかめた。
そして反射的に、リクの背中へと身を隠す。
「な、なんなんだこいつは……!?」
リクが思わず小声で呻くように呟き、すぐに隣のリリィへと問いかけた。
「リリィ、あいつ……敵じゃないよな?」
リリィはため息をつき、目を閉じて首を横に振った。
「……ご安心ください。敵ではありません。 あれでも、王国が誇る天才研究者──Fum技長です」
「……これが天才……?」
呆れたようにライアンが口を開き、リセルは信じられないものを見る目で目を丸くした。
「はい。見た目と態度は最悪ですが、魔導具の開発、古代遺物の解析、軍用装備の設計……その功績は計り知れません。 サクラ団長が愛用している“剣一体型防具”も、あの人の作品によるものです」
「マジかよ……」
リクは驚きとともに、背後から顔をのぞかせたエリナを気遣うように振り返る。
「……でも、どう見てもただの変人……」
「……ご覧の通り、社交性は壊滅的です。 基本的に女王陛下の言葉しか聞きません。 それ以外の人間の声には、耳を貸さないと思ってください。 説明しても無駄かと」
その間にも、Fum技長は周囲の言葉など一切意に介さず、手に持ったヒビだらけの石を片手に、エリナへとじりじりと迫っていた。
「おい、金髪女! 早く触れって言ってるだろうが! この反応を確認したいんだよ! 時間が惜しいんだっての! ほら! 触れよ!」
威圧的な口調に、エリナは再びリクの背に隠れ、視線をそらす。
「……こ、この人、本当にすごい人なの……?」
その声は、半分疑念、半分本気の怯えだった。
Fum技長の態度は尊大そのものだったが、彼の言葉と動きには、常軌を逸したほどの集中力と、何かを知る者だけが放つ異様な圧があった。
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