表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠に巡る愛の果てへ 〜XANA、理想郷を求めて〜  作者: とと
第2部:リクとエリナ 〜新たな世界での出会い〜
115/198

第101話:天才技長、動く

 王城地下、研究室の前。


 数名の騎士に囲まれ、シーユキ女王が慎重に階段を下ると、扉の奥からは独り言のような声と、ガチャガチャと金属が擦れる音が聞こえてきた。


 「──あの様子……まだ作業を続けてるな」


 宰相とうしがため息をつきながら扉に手をかける。


 ──ギィィ……


 扉を開けた瞬間、むわりとした空気が一行を包み込んだ。

 湿気を含んだ埃と油、それに混じって数日風呂に入っていないような、人の体臭が鼻を突く。


 「……うっ」


 誰かがわずかに顔をしかめる中、案の定、部屋の中央ではFum技長がひび割れた石を睨みつけながら、奇妙な器具を動かしていた。


 サングラス越しに何かを見つめ、手元のシャーレには鮮血のようなものが垂らされている。


 「Fum技長、聞こえるか? 状況が緊急だ。王都は今──」


 無視。


 とうしの言葉に反応はなく、Fumはピンセットを使って石板の破片を慎重に持ち上げる。


 「……貴様、無視するな! 私は宰相だぞ! 王国の頂点に近い存在だ! 少しは──」


 「──それが?」


 短く吐き捨てるような一言。だが目線は上げない。

 とうしが言葉を詰まらせたところで、シーユキ女王が一歩前に出る。


 「Fum技長、女王としてあなたの協力を仰ぎたい」


 その声に、Fumがようやく顔を上げた。

 サングラスの奥で何かがきらりと光ったようだった。


 「おお……これはこれは女王陛下。こんな埃まみれの地下までようこそおいでくださいました。お足元、お気をつけて」


 慇懃無礼なまでに丁寧な言葉で頭を下げるFum。

 だがその顔には、まったく尊敬の色がない。

 むしろ礼節の仮面を捨てた直後から、彼の態度は急激に雑になっていった。


 「で? 用件は何? まさか“平和のために”とか“民を救って”とか言い出すんじゃないだろうね? くだらん理念で俺の時間を奪うなよ」


 とうしが怒鳴りかけるのを、女王は手で制した。


 「……王都を襲っている暴食の魔人。その能力だが──“食べた生命”を糧に、ゾンビペンギンを生み出し、さらには再生にも利用する。民だけでなく、自らが生み出したゾンビペンギンさえも喰らう……もはや、ほとんど永久機関のような存在です。何とか対抗手段は──」


 「体の一部、持ってきてる?」


 唐突な質問に一瞬沈黙が流れる。

 だが、すぐにリリィが一歩前に出た。


 「本体ではありませんが……奴が生んだゾンビペンギンを斬った剣に、血がついています。少量なら、残っています」


 「よし、それでいい」


 Fumは即座に剣を受け取ると、布で血を拭い取り、小瓶に移す。

 それを奇妙な金属球の中に入れ、ルーンが輝く円盤の上にそっと置いた。


 魔導具が唸り、淡い光を放つ。


 「ん〜……はいはい、はい終了。なるほどね、これがアルファ因子ね。分かりやすいパターン。しかも極めて粗い構造。劣化複製品って感じだね」


 「な、何だってそんなすぐに──?」


 「俺が天才だからだよ、宰相さん♪」


 Fumはにやりと笑い、小型の球状魔導具をいじり、生成した液体を注入し始めた。


 「こいつを暴食の魔人に喰わせろ。逆因子を流し込むようにして作ったからな。あいつの能力は“食べれば食べるほど強くなる”だろ? なら逆に、食べれば食べるほど崩壊するようにしといた」


 Fumは球体をシーユキにぽいと投げ渡す。


 「俺の仕事は終わった。じゃ、邪魔しないでね」


 言い終わると、彼はあっさりと石のもとへ戻り、解析作業に没頭し始めた。


* * *


 「……あれは……遺跡の石板か?」


 静寂を破ったのは、リリィの声だった。

 彼女の視線は、机の上に置かれた石板の輪郭を逃さず捉えていた。


 「おや? 君、何か知っているのか?」


 Fumが唐突に目を見開き、興味に満ちた表情でリリィに詰め寄る。


 「ま、前に……冒険者のエリナという少女が触れたとき、石板が……光っていたような……」


 「は? 本当かそれ!? なんで今まで黙ってたの!? それ、超重要だぞ!」


 Fumは慌てた様子で解析器具を机に投げ出すと、乱雑にローブをかき寄せ、出口へと足を向けた。


 「よし、すぐに案内しろ! 時間が惜しい!」


 「は、はいっ! わかりました!」


 そうして、Fum技長とリリィは急ぎ足でエリナのもとへと向かうことになった。


 残されたシーユキ女王は一歩、静かに近衛騎士へと歩み寄る。

 手にしていた球状の小型魔導具をそっと差し出しながら、落ち着いた声で告げた。


 「……これをアザラシッム総帥に届けてください。お願いします」


 その声には、静かながらも揺るぎない意志が宿っていた。

 魔導具を託した指先は、見た目以上に固く引き締まっている。

 この状況において、油断などひと欠片も許されない。たった一つの判断ミスが、王国全体の命運を左右するかもしれないのだ。


 胸の奥では、焦燥と不安が静かに波立っていた。

 だがそれを、決して表に出してはならない。

 自分が崩れれば、周囲の心も揺らいでしまう。

 王である限り、最後まで矛盾なく、揺るがず立ち続けなければならない。


 ──いま、私にできるのは、皆を信じて託すこと。

 そして、祈ること。


 その祈りが届くように。

 皆の力が、あの戦場で光となりますように。

「読んでくださって本当にありがとうございます。

ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ