第99話:静かなる飢餓
ロイヤルペンギンは、中央広場の瓦礫に腰を下ろし、くちゃくちゃと音を立てながら何かを咀嚼していた。
脂と血にまみれた口元をぬぐいもせず、目を細めて戦場の様子を見下ろしている。
「ふふふ……人間ってのは、ほんと無謀に突っ込んでくるよなぁ」
ゾンビペンギンたちが焼かれ、剣に斬られ、次々と倒れていく。
火を使う戦法は確かにロイヤルペンギンの力を削ぐものであり、ゾンビペンギンの再生能力を封じていた。
「火か……まあ、確かに吾輩にとっては嫌な手だが……」
ゾンビペンギンの死骸に炎が投じられるたびに、ふわりと黒煙が上がる。
再生を封じるその手段は、確かに彼の“暴食”を鈍らせるには有効だった。
しかし、それだけで状況が覆るとは思えなかった。
(とはいえ、やっぱり人間って面白いよねぇ。無謀でも突っ込んでくるあたり、実に“生きがい”に溢れてるじゃないか)
口元がにやける。まるで狩りに興じる猫のように、その表情には余裕すら滲んでいた。
「この下には、まだまだ生きのいいエサが何万匹と控えている。騎士どもがいくら押し寄せようと、たかが知れているさ」
その言葉通り、穴の奥から数体のゾンビペンギンが現れ、両手に引きずるように人間を運んでくる。
王国民の男女、子供、老人。
悲鳴とともに、彼らは次々と地上に連れ出されていた。
「やめろ! お願いだ、離してくれ!」
「誰か、助けてくれぇええっ!」
「いやだ、いやだぁ……! あの人を代わりにしてくれ……っ!」
悲鳴、罵声、懇願。
それらをBGMにしながら、ロイヤルペンギンは楽しげに一人の男の肩にかぶりついた。
バキリ、と骨が砕ける音が響き、口元に赤が広がる。
「ん〜……この子、筋は細いけど内臓は新鮮。おやつにはちょうどいいなぁ」
その足元に運ばれてきた犠牲者たちは、まるで菓子でも配るような軽さで次々と咀嚼されていく。
「む?!うまい!やっぱり恐怖を抱いてるエサってのは、いい味がする」
ニヤリと笑うロイヤルペンギンの口から、血と肉片が垂れた。
* * *
その頃──。
地中深くにうがたれた、巨大な縦穴の内部。
陽の光は一切届かず、息を呑むような暗闇の中で、多くの王都民たちが身を寄せ合っていた。
膝を抱える老女。
幼子を胸に抱く母。
男たちは周囲に目を光らせながら、どうにか冷静を保とうとしていた。
「……なあ、外の音、聞こえるか?」
若い男が、すぐ近くの中年に声を潜めて問う。
その先では、ごうん、ごうんと地面が揺れるような音が、わずかに漏れ伝わっていた。
「戦ってる……誰かが、助けに来てくれてるんだ」
そう呟いたのは、膝に擦り傷を負った少女。
母親らしき女性が、無言で彼女を抱きしめる。
「本当に、来てくれるのかな……? 私たち、ここに閉じ込められて、どれくらい経つのかも分からない……」
その声には希望があった。
しかし同時に、不安があった。
穴の出入り口付近では、ゾンビペンギンたちが規則的に人間を運び出していた。
「いやだっ! 俺は行きたくないっ!」
「やめてぇ! この子だけは……! 誰か、誰かああああ!」
だが願い虚しく、ゾンビペンギンは淡々と手を伸ばし、また一人を連れ去る。
次々と引きずられていく足音が、暗闇の中に響き渡る。
誰かが叫び、誰かが泣き叫び、誰かが祈る。
「……あれに運ばれたら、もう……」
「あぁ……さっきのはあの商隊の護衛だった男だ。力自慢だったのにな……」
暗がりの中でひそひそと声を交わしていた。
捕らわれた者たちは知っていた。
自分たちが“エサ”として囚われていること。
運ばれた先で、何が待っているかを。
希望とも不安ともつかぬ声が、あちこちから漏れる。
「なあ、助かると思うか?」
「……わからない。でも……でも、きっと誰か来てくれる。王国の騎士団は……そんなに脆くない」
希望を抱く者もいれば、ただ目を伏せ、震える者もいた。
声を出さぬよう口を塞ぎ、ただただ身を縮める。
次は、自分かもしれない。
それでも──誰も、諦めたくはなかった。
上から漏れるかすかな剣戟の音。それは、希望だった。
かすかな、けれど確かに響く命の音。
「……お願いだから、間に合って……」
少女の祈りにも似た言葉が、暗闇に吸い込まれていった。
――次は、自分かもしれない。
この暗闇の中で、誰もがその恐怖と向き合っていた。
助けが来る前に、自分の番が来ないことを祈るしかなかった。
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