第98話:王国騎士の意地
「聞けッ!!」
アザラシッムの咆哮が、王都中央広場に轟いた。
瓦礫と血煙の中、腐臭と炎が入り混じる戦場。
そのど真ん中で、なおも彼の声は凛として響き渡る。
兵たちの耳に、魂に、その怒号が焼き付けられる。
「実力に自信がない者は、すぐに引けッ!! ここは訓練場ではないッ!!」
声が、地を這うように広がった。
「奴に喰われれば、それが“敵”として蘇る! 死ぬだけでは終わらん! その身はゾンビペンギンに転じ、仲間を襲う災厄になるんだッ!!」
その言葉に、一部の騎士が思わず剣を強く握り締めた。
だが、アザラシッムの視線は、怯えを責めるのではなく、現実を突きつける。
「無理をすれば、お前たちは“足手まとい”だッ! “餌”を差し出しているに等しいッ!!」
彼の瞳が、広場の奥──ロイヤルペンギンが居座る“あの穴”を見据える。
「……いいか。あの魔人の足元には、逃げ遅れた王都民が、数百、いや数千、もしかすれば万単位で囚われている!!」
騎士たちがどよめいた。
地下に掘られた巨大な穴。そこに、悲鳴を上げながら押し込まれた人々。
皮肉にも、生きているその声が、ロイヤルペンギンの“食欲”を刺激していた。
「もたもたしていれば、奴に喰われ、またゾンビペンギンが増えるだけだッ!」
剣を振るい、アザラシッムは続ける。
「この戦場は、“時間との勝負”だ! 奴を“あの場所”から引きずり出す必要がある! そして、そのためには──」
彼は叫ぶ。
「強烈な突撃力が必要だッ!!」
その言葉に、各部隊の指揮官が即座に反応した。
「全軍、三列の陣を組めッ!!」
アザラシッムの命令が、雷鳴のごとく響く。
「前衛が疲れたら、即座に二列目が交代ッ! 三列目はその支援に回れ! 死体が溜まるな、敵を“焼き払え”!」
その瞬間、なん副団長が馬上から叫ぶ。
「了解しました! 《白銀の矢》、聞こえましたね! 全員、三列陣形! 瓦礫から使える物を松明にしなさい!交代の合図を見逃すな!」
続いて、南側からユリウスも応じた。
「《紅蓮の盾》、突撃準備! 火の魔法を使える物はどんどん撃ち込め! 押して、焼いて、突破するぞ!!」
激昂する指揮官たちの声が重なり、広場に緊張と興奮がみなぎった。
「おぉぉぉぉぉッ!!」
怒号と共に、騎士たちの士気が爆発する。
盾を構え、剣を引き抜き、矢を番え、兵たちはそれぞれの配置に滑り込んでいく。
泥と血の匂いが混じる中、陣形が整えられていく。
中央にアザラシッム。
西側に“なん”、南からはユリウス率いる部隊。
整然と波状攻撃が始まろうとしていた。
これはもう、“包囲戦”ではない。
──“突破戦”だ。
民を救い、魔人を引きずり出し、この地獄に風穴を開けるための、反撃の狼煙だった。
そして……戦場の縁を縫うように仗助が遊撃として飛び回る。
「ひゃ〜、大変な戦場ですねぇ……でも、有名人になるには丁度いい!俺は自由にやりますね〜♪」
ゾンビペンギンの波をひとりで切り崩しながら、左右を遊撃する役割を担っていた。
油断すれば囲まれる、だが彼は笑っていた。
「こっちはこっちで、楽しくやらせてもらいまーす」
* * *
前列の騎士たちが、鋼鉄の盾を構えて並び立つ。
その目の前に、咆哮を上げて突進してくるゾンビペンギンの群れ──腐敗した羽をバタつかせ、牙を剥いた異形の獣たちが襲いかかってくる。
「来い……!」
鋭く息を吸い、前衛の騎士が力を込める。
──ガンッ!
凄まじい衝撃音が戦列に走る。
ゾンビペンギンの突進を、盾がぎりぎりで食い止めた。
だが、一瞬でも気を抜けば盾ごと押し流されかねない圧力。
「押し返せ! 膝を折るなッ!」
号令と共に、前列の剣士と槍兵が一斉に反撃。
裂けた羽毛、腐った筋肉を断ち切り、前方の敵を地に沈める。
──だが、それで終わりではない。
「焼却班、処理開始!」
直後、第二列の後方に控えていた兵たちが松明を構え、一体また一体と倒されたゾンビに火を放つ。
ごうっと炎が爆ぜ、死体が焼かれ、再生の気配を断ち切られる。
腐った肉が焦げ、悪臭と黒煙があたりを包み込むが、誰も顔をしかめない。
これが勝利への道だと知っているからだ。
「交代だ! 下がれッ!」
前列の騎士が汗に濡れた顔を上げ、後方に下がる。
すぐさま第二列が前へ出て、まるで歯車のように、陣形が回転していく。
槍を振るい、盾で敵の体当たりを受け止め、また剣で首を跳ねる。
「後方班! 倒れた個体はすぐに焼却! 半端な状態で放っておくな!」
なん副団長の指示が、冷静かつ的確に響く。
「第二列、落ち着いて! 焼却に集中を!」
彼女は戦場の流れを読み取り、破綻しそうな箇所を見抜いて即座に補強を回す。
その機転が、陣の崩壊を幾度も防いでいた。
一方、中央では、ユリウスが鬼神のような立ち回りを見せていた。
赤い外套が炎に照らされ、銀の剣が敵を斬り裂くたびに、広場に鮮血と断末魔が弾け飛ぶ。
「この程度で……止まるかよッ!!」
斬っては踏み込み、倒しては吠える。
ゼインを奪われた怒りが、彼の剣に、腕に、気迫として宿っていた。
広場にはもはや、絶え間ない怒号と叫び、金属音と肉を裂く音、そして炎の爆ぜる音しか存在しなかった。
だが、そこには確かに秩序があった。
三列の連携。
剣と盾の切り替え。
倒れた敵の即時焼却。
それらが噛み合い、この地獄の戦場に“理性ある者たちの誇り”を刻みつけていく。
──まだ勝てるかはわからない。
──だが、負けないための戦いは、ここにある。
燃え上がる屍と共に、騎士たちの意志は燃えていた。
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