第97話:鳴り響く号砲、静かなる飢え
バシュッ──!
血飛沫が弧を描き、ゾンビペンギンの首が鈍い音を立てて地面を転がる。
それでも周囲の敵は怯むことなく、なおも這い寄ってくる。
アザラシッムは肩を大きく上下させながら、息を整える間もなく剣を振るった。
全身は汗と血に濡れ、銀の甲冑の隙間からは疲労の色が滲み出している。
(……数が減らない。いや、むしろ増えている……!)
脇腹をかすめた爪が鎧を削る。
鋭く反応して刃を横に薙ぎ払うと、黒く膨れたゾンビペンギンが一体、断末魔を上げて倒れ伏す。
それでもなお、後ろ、右、左……あらゆる方向から、腐肉の群れが迫っていた。
剣を握る手がわずかに震えた。
だがその震えを、彼は意思の力で封じ込める。
「……クッ」
その口元から唸りが漏れる。
自分の足元には、すでに無数の屍が積み上がっていた。
だがそれは、まるで“焼け石に水”のようだった。
ゾンビたちは減ることなく、飢えたまなざしを彼に向けている。
(私一人では厳しいが、弱いものが前に出れば喰われ、そこからまた新たな敵が生まれる。ただ“餌”を差し出すことになるだけだ……)
それでも一歩も引かず、剣を構え直す。
すでに息は荒く、背中には汗が滲んでいた。
それでもアザラシッムの瞳に宿る光だけは、未だ消えていない。
そんな中──
「がんばるねぇ、ホント」
「そんなに汗かいて……まるで、食べ頃を自分から知らせてくれてるようなもんじゃないか」
笑っていた。
その目は笑っていない。
唇の端だけを歪め、嬉々として“観察”している目だった。
まるで、食卓に並ぶ料理の様子を見て悦に入っているかのような──そんな冷たい視線。
アザラシッムはロイヤルペンギンの声に反応せず、ただ静かに剣を持ち直した。
それが、次の刃の合図であるかのように。
* * *
「おーい! 東の方から助けに来ましたー! 仗助でーす!」
軽快な声と共に、東の街路を駆け抜ける影があった。
瓦礫を跳ね、ゾンビペンギンの群れを蹴散らしながら現れたのは、茶髪をなびかせた小柄な青年──王都の衛兵“お調子者”、仗助だった。
彼は身軽に馬車の残骸を飛び越え、足元のゾンビペンギンの頭に軽く一蹴を入れながら、満面の笑みで広場にやってきた。
「アザラシッム総帥、助けたら俺、一躍有名人っすよねぇ? いやーこれはがんばっちゃおうかな〜♪」
軽口とは裏腹に、その動きには一分の無駄もなかった。
手にした短剣はすでに血に濡れ、すれ違いざまに敵の喉元を正確に切り裂いていく。
余裕の笑顔で片手を挙げる仗助に、中央広場にいた騎士たちが目を見開く。
「あれは……仗助!?」
「ひとりで突っ込んできたのか!?」
「すげえな、あいつ……!」
* * *
「中央広場に、私たちも援護に入ります!」
鋭く、透き通るような声が西の路地に響いた。
その声と共に、蹄の音が瓦礫を蹴り上げる。
西側から現れたのは、《白銀の矢》副団長、なん。
白銀の鎧に身を包み、白馬を駆るその姿はまさに戦場の光。
彼女の到来に、混乱していた兵たちの視線が一瞬にして集まった。
「列を乱さず、私についてきてください! 無理に突っ込まず、隊列を整えて突破します!」
的確な指示を飛ばしながら、なんは手にした細身の剣を振るう。
彼女の剣閃は、鋭く、無駄がない。一撃ごとにゾンビペンギンが地に伏していく。
「アザラシッム総帥、お怪我は!?」
なんは馬を止めることなく声を張り上げ、広場中央に立つアザラシッムを見据えた。
その双眸には、責務を背負う者の覚悟が宿っている。
「まだ……無事だ。助かる」
アザラシッムは短く答える。
* * *
そして、地鳴りのような蹄の音が南の方角から戦場に響き渡った。
まるで大地そのものが揺れるかのような轟音が、広場に集う者たちの耳を打つ。
「全軍、突撃――ッ!!」
豪胆な声と共に姿を現したのは、《紅蓮の盾》騎士団団長、ユリウス。
血潮のような紅を基調とした重厚な甲冑を身に纏い、堂々と剣を掲げていた。
その背後には、戦場を幾度も駆け抜けてきた屈強な騎士たちが続く。
甲冑には泥と返り血がこびりつき、疲労の色も隠せぬ中、それでも彼らは誇り高く隊列を維持していた。
その様は、まさに《紅蓮の盾》の名に恥じぬ、炎のような突破力を備えた軍勢だった。
「ここで……ここで、ゼインの仇……取らせてもらう!」
その叫びは、まるで彼の胸の奥に燃える炎を爆ぜさせたかのようだった。
ユリウスは馬上から軽やかに飛び降りると、剣を構えたまま地面を蹴り、ゾンビペンギンの群れへと突っ込んでいく。
振るわれた剣が鋭い音を立て、腐肉を断ち切るたびに、その背を追う騎士たちが続く。
戦場に火が灯ったかのように、広場は熱を帯び始めた。
アザラシッムは剣を握る手にもう一度力を込めた。
血に塗れた顔の端には、わずかに安堵の色が差す。
「来てくれたか……これで、まだ戦える」
その背中に、確かな信頼を預けるように、アザラシッムは再び戦場へと身を投じる構えを取った。
王都中央広場に、次々と現れる希望の刃。
アザラシッム、なん、仗助、そしてユリウス──
散り散りだった光が、今、ひとつの焦点に集まりつつあった。
ロイヤルペンギンが一瞬だけ目を細め、ニタリと口角を吊り上げた。
「……ふん、また餌が飛び込んできたか。勇気があるのか、命知らずなのか……どっちだろうねぇ?まぁ逃げてもいずれ吾輩の腹の中だけど」
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