第96話:暴食の檻
中央広場。
もはや広場とは呼べぬほど、瓦礫と血に染まったその空間に、鋼の足音が鳴り響く。
アザラシッム総帥が到着したとき、そこには――
「……いたか」
黒く爛れた地面の中央に、金の装飾を施したローブをまとい、奇妙に肥えた一体のペンギンが腰を下ろしていた。
異様に大きな腹、血塗れの口元、そして虚ろな双眸――
その存在こそが、《暴食》の名を冠する魔人、ロイヤルペンギンだった。
アザラシッムは剣を抜くなり、声すらかけずに一気に間合いを詰めた。
その一閃は、人ならざる速さと重さを兼ね備えた斬撃。
ロイヤルペンギンの首筋を鋭く切り裂く。
──しかし。
びちゃり、と血飛沫が舞った次の瞬間、肉が盛り上がり、裂けたはずの首が瞬く間に再生していく。
「いやぁ、初対面の挨拶がこれとは……ずいぶん手荒だねぇ」
ロイヤルペンギンはくぐもった声で笑った。
その舌の先には、斬られた直後にもかかわらず、血の味を楽しむような気配すらある。
アザラシッムは眉一つ動かさずに次の一撃へと移る。
しかし、その直前に周囲の空気が変わった。
──ザッ。
気付けば、いつの間にか、広場の周囲をゾンビペンギンたちが取り囲んでいた。
瓦礫の影、崩れた屋根の上、地下の隙間から這い上がる個体まで。
まるで罠のように、じわじわと騎士たちを包囲していたのだ。
「しまっ──!」
アザラシッムが斬りかかるより先に、数名の騎士が絶叫と共に引きずり倒され、
ロイヤルペンギンの巨大な口が、まるで蟻を捕らえるように兵を呑み込んでいく。
「ぎゃああああっ!」
「腕が……っ、俺の腕がァ!!」
「助けっ、誰か助けてくれッ!!」
「離せぇええっ! やめろおおおお!」
「ひ、人が喰われてる!? こ、これは悪夢か──!」
断末魔と恐怖の叫びが重なり、広場は一瞬にして地獄と化した。
「いやあ、うまい、うまい。……やっぱり新鮮なものはいいなぁ」
その咀嚼音と呻き声が混じり、広場は一瞬にして地獄と化した。
ロイヤルペンギンは、咀嚼を終えると満足げに腹をさすりながら、ふふんと笑う。
「腐っても魔人……というやつさ。吾輩はね、特別強い力を持っているわけじゃないんだ。 だけどねぇ……この“暴食”だけは、他に負けない自信があるんだよ」
そう言いながら、ロイヤルペンギンは自分の足元をとん、と突いた。
――そこには、巨大な穴があった。
その穴の奥には、逃げ遅れた王都民たちがひしめいている。
呻き声、すすり泣き、子どもの悲鳴。
目視できるだけでも数百、いや、数千……その深さと広さは底が見えないほどだった。
「見えるかい? これ、ぜーんぶ、吾輩の“保存食”さ。 まだ食べてないけど……どれも柔らかそうで、楽しみで仕方ないんだよねぇ。 気になるかい? 助けたい? でも無理さ。だって――」
ロイヤルペンギンはゆっくりと首をかしげ、ねっとりとした口調で続けた。
「吾輩をどかさない限り、誰一人、そこから出られない。残念だったねぇ」
そして口元を拭いながら、口を開く。
「どうやらアルファパスで繋がれていた個体は全部やられたみたいだけど……あれはあくまで、吾輩の能力の“一部”にすぎない。 次から次へと来る餌──それを喰って再生して、増殖して、繰り返すだけさ」
アザラシッムがロイヤルペンギンに剣を振るう。
しかしその肉が地面で再構築され、すぐに元に戻る様子が見えた。
「さあ、強い人間も疲れてきただろう? そのうち動きが鈍くなって、骨が砕けて、喉を裂かれて、吾輩の腹の中へ……ふふ、いいねぇ」
アザラシッムは鋭く叫ぶ。
「おまえたちは下がれぇーーッ!!」
「逃がさないよ……集え、ペンギンたち!!」
ロイヤルペンギンが叫ぶと、周囲の建物から、地下から、空から、無数のゾンビペンギンたちが押し寄せる。
だが、逃げ道はない。
その叫びに答える余裕もなく、次々とゾンビペンギンが騎士たちに襲いかかる。
広場はもう、戦場というより檻だった。
「う、後ろにも……!? 囲まれてるッ!」
「隊列が──くずれるなっ、まだっ……ぎゃああああっ!」
「総帥! 総帥ぃぃぃっ!!」
アザラシッムは全身に殺気を漲らせ、剣を構えた。
だが、その額には一筋の汗が垂れていた。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」