第95話:王都を駆ける
王都外から突入した《白銀の矢》騎士団が、ついに城壁内への侵入を果たした。
かつて人々が暮らし、笑い、日常を営んでいたはずの街並みは、いまや灰と瓦礫に埋もれ、無数の戦火の痕に覆われていた。
崩れた建物、吹き飛んだ屋根、剥き出しの石畳。
そのすべてが、王都がただの都市ではなく、「戦場」となったことを物語っている。
騎士たちの重い鉄蹄が、廃墟と化した通りを叩く。
土煙が巻き上がり、沈黙していた王都内に、新たな戦いの鼓動が打ち鳴らされる。
「一気に突き進めーっ!!」
なん副団長の声が、市街地の狭い路地に響いた。
彼女は白馬にまたがり、銀の鎧を纏い、風のように先頭を駆け抜ける。
その姿はまさに“白銀の矢”の異名にふさわしく、味方にとっては頼もしく、敵にとっては脅威そのものだった。
入り組んだ市街地。
どこに罠があるかもわからぬ廃墟の中、彼女は一切の迷いなく進路を選び、隊を導いていく。
まるで地図をなぞるかのように、戦場を読み、風を感じ、敵の気配を察しながら駆けていた。
その時──
「た、助けて……!」
細い叫び声が、倒れた建物の奥から漏れてきた。
なんは即座に反応した。手綱を操り、馬を横に跳ねさせるように小道へ突入。
瓦礫を飛び越え、声の主の元へと踏み込む。
「下がってッ!」
鋭い一声と共に、なんの剣が唸りを上げる。
一閃。
襲いかかろうとしていたゾンビペンギンの胴を真横に斬り裂いた。
続けざま、もう一体の首元を狙って突き、鮮やかに貫く。
不快な腐臭と血の匂いが入り混じる中、彼女は馬上から周囲を見渡した。
崩れた物置の陰に、若い母親とまだ幼い少年が身を寄せている。
恐怖に顔を引きつらせながらも、彼女たちの目には、まるで光を見たかのような安堵が浮かんでいた。
「お、お助けいただき……ほんとうに……!」
母親が、か細い声で感謝を述べようとするが、なんは柔らかく首を振る。
「戦闘はまだ続きます。今は何より、ご無事が大切です」
彼女は一瞬馬を止め、落ち着いた声音で告げた。
「戦闘が終わるまで、建物の中に隠れていてください。どうか、お気をつけて」
そう言い残し、彼女はすぐさま視線を戦場へ戻した。
母親は何度も頭を下げ、子を抱えて廃墟の奥へと身を隠していった。
なんは深く息を吐き、剣を鞘に戻す。
「進みます。遅れるな!」
叫ぶと同時に、彼女の馬が再び地を蹴る。
《白銀の矢》の騎士たちがその背を追うように走り出す。
* * *
廃墟の角を折れた先、瓦礫の影から別の一団が姿を現した。
黒い鎧に身を包み、無言で駆ける――王都内に潜伏していた《漆黒の鎧》騎士団だった。
「副団長!」
一人の騎士が声を上げて駆け寄り、なんの進路に合流する。
「中央広場にて“暴食”の魔人を確認しました! すでにアザラシッム総帥が向かわれています!」
「……!」
なんの表情がわずかに強張る。
だが次の瞬間には、冷静な判断力がその瞳に宿る。
「了解しました。ここからは、一刻の猶予もありません」
馬上から振り返り、騎士団に向けて声を張る。
「この情報を、ロビン団長へ! 急ぎ伝令を飛ばしてください!ユリウス団長にも可能な限り伝えるように!」
「「ハッ!!」」
二人の騎士が即座に馬首を返し、王都外及びユリウスが侵入したと思われる地域へと向けて疾走していく。
なんは剣の柄に手を添え、視線を遠くの空に向ける。
黒煙が空へと立ち昇る中、その先に確かに“中央広場”の影があった。
「……残る者は、私に続いてください」
力強い宣言と共に、彼女は馬の腹を蹴った。
「目標は中央広場。暴食の魔人を討ちます!」
《白銀の矢》の騎士たちが、その声に応えるように剣を掲げた。
数に劣ろうとも、彼らの心には確かな誇りがあった。
混沌と絶望に覆われた王都の中で、光のようにまっすぐなその意志が、今まさに闇を貫こうとしていた。
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