第93話:流星、空を裂いて
* * *
王都中央区。崩れた塔の残骸に立ち、アザラシッムは北東の空を静かに見つめていた。
突如、地を割るような強烈な震動が王都全体を揺らす。
石畳が鳴動し、瓦礫の山がかすかに崩れる音が響いた。
その衝撃の発生源は、北東区。
あいおーとサクラがぶつかり合っているであろう、激戦の地だ。
視線の先には建物が密集しており、何も見えない。ただ、その先にあるであろう戦場を、彼は静かに見据えていた。
そして、何も言わない。
ほんの一瞬、目を細めたが──それは他人に気づかれぬほど僅かな間だった。
次の瞬間、アザラシッムは振り返り、周囲を見渡す。
指揮官の顔へと戻り、冷静な声で命令を下す。
「第二小隊、東の通りを抑えろ。残存兵力を三手に分け、正面・左手・裏路地に展開。隠れている敵は逃がすな」
「「ハッ!!」」
その背には、静かで正確な動きを見せる騎士たち。
王国騎士団、その頂点に立つ者の背に従い、騎士たちは再び王都の影へと散っていった。
* * *
王都南西部、黒煙の立ちこめる戦場。
激しい斬撃と咆哮が飛び交う中、突然、大地を揺るがす衝撃が走った。
振動は地面から突き上げるように伝わり、戦場にいた騎士たちが一斉に顔を上げる。
「な、なんだ今のは……!?」
「地震……いや、違うぞ!」
混乱が走る。兵の動きが鈍り、敵の突撃にも綻びが生まれかけた。
だが、ロビンは即座にそれを断ち切った。
「動揺するな! 目の前の敵に集中しろ!」
鋭い叱咤が、戦場を貫いた。
兵たちははっと我に返り、再び武器を構え直す。
ざわめきは次第に静まり、戦場は再び秩序を取り戻していった。
しばらくの間、ロビンはあえて動かなかった。
剣を振るいながら、敵の陣形と流れに意識を注ぐ。
膠着状態が続く──だが、どこか引っかかる。
(……妙だな)
明確な違和感が、戦場に漂っていた。
敵の攻勢が、徐々に鈍くなっている。
戦略を変えたわけでもないのに、騎士たちの被害が目に見えて減っていた。
押されていたはずの前線が、いつの間にか優勢に転じ始めている。
ゾンビペンギンの数が目に見えて減っているわけではない──だが、敵の密度がどこか薄い。
無意識に戦場で身に染みついた感覚が、確かに“減っている”ことを告げていた。
(こちらは特に押していない……なのに、なぜ?)
ロビンの目が細くなる。
感覚が告げていた。
これは、どこか別の地点で“何か”が起きた兆しだと。
(まるで、後方を守ろうとしているかのようだ……)
(アザラシッム総帥か、あるいはサクラ団長か。どちらかが王都内で強く動いた……!)
状況は変わった。潮目が、こちらに傾き始めている。
「今こそ、攻勢の時だ!」
ロビンは馬上から手を伸ばし、鞍に備えた弓袋から長弓を引き抜く。
同じく、矢筒から一本の矢を抜き取った。
見た目は普通の矢だが、ロビンが構えた瞬間──その矢が静かに、蒼白い光を帯びていく。
それは天へ向けて、凛と張られた。
「《流星》……!」
放たれた矢は、空を裂いて舞い上がる。
そして天頂。
光が一瞬膨れ上がったかと思うと、そこを中心に放射状の光矢が雨のように降り注いだ。
空を切り裂いたその“流星”は、敵の群れを次々と穿ち──
「……ほう。あそこにいるのが、人間どもの指揮官か。ふん、せいぜ──グギィッ!?」
その声が最後まで届くことはなかった。
言葉の途中で、一羽のゾンビペンギンが光矢に胸を貫かれ、仰け反った。
その体が崩れ落ち、静かに動かなくなる。
地に突き刺さった無数の光矢が、王都の空を照らす。
その光は、遠くの戦場にも届いていた。
* * *
《紅蓮の盾》騎士団陣営。最前線。
ユリウスは地響きのような衝撃の余韻を背に、指揮に集中していた。
「第七隊、前へ出過ぎるな。第五隊、右側ラインを補強しろ」
「第三隊、背後の連絡路を確保し続けろ」
鋭い指示が次々と飛ぶ。
だが次の瞬間、彼の視線が空に吸い寄せられた。
光が、天から降ってくる。
「……ロビンの《流星》か」
空を覆うように降り注ぐ光の雨。
それは、仲間への合図──総攻撃の刻。
ユリウスは剣を抜き、堂々と叫んだ。
「全軍、突撃! 敵を殲滅する!!」
「「おおおおおおっ!!」」
《紅蓮の盾》の名を冠する騎士たちが、真紅の炎のごとく前線を押し上げる。
その怒涛の進軍が、空を裂き、戦場を熱く染めていった。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」