第92話:騎士を束ねし者、戦場に還る
王都・北東の競技場跡地の遺跡。その奥深く、隠された出入口――そこから、黒い影が次々と飛び出していく。
それは、《漆黒の鎧》騎士団。
通常であればこの騎士団を束ねる団長は戦場の先頭に立つはずだ。
しかし、現在その団長は憤怒の魔人あいおーとの単独戦闘に臨んでおり、指揮を執ることはできない。
そのため、王国四騎士団すべてをまとめ上げる、騎士の頂点に立つ男――アザラシッムが自ら《漆黒の鎧》を率いて戦場に降り立った。
* * *
「建物を利用しろ。物陰に潜み、殲滅せよ」
アザラシッムは短く、冷静に指示を飛ばす。
その指示は必要最小限でありながら、確実に意図が伝わる。
まるで長年共に戦ってきた者同士のような連携。
騎士たちは頷き、迷うことなく散っていった。
王都の路地、倒壊した建物、入り組んだ小道――騎士たちは重厚な鎧を纏いながらも、巧みに周囲の地形を活かして展開していく。
奇襲と包囲、そして速やかな制圧。
それは決して軽やかさや静けさではなく、鍛え抜かれた訓練と実戦経験に裏打ちされた“精密な動き”だった。
「……いたぞ、鐘楼の陰に潜んでいる!」
「西側の通路、ペンギン数体確認。囲め!」
声が上がると同時に、複数の部隊が連携して動く。
左右からの挟撃、上階からの援護。
ゾンビペンギンたちは抵抗する暇もなく、次々と討たれていった。
小さな通路、崩れた家屋、そのひとつひとつが騎士たちの手により制圧されていく。
重い鎧が軋む音さえ、いつしか戦場の“律動”のように整然としていた。
決して音もなくというわけではない。だがその一歩一歩には、確実な意思と技術が込められている。
王国の騎士団――その名に恥じぬ精鋭たちの殲滅戦が、王都の影を浄化していった。
* * *
北東区の壊れた路地裏。
倒壊しかけた石壁の隙間から、ぬるりと現れたのは一体のゾンビペンギンだった。
その目は異様にぎらつき、他の個体とは違う“確かな知性”を漂わせていた。
ゆっくりと周囲を見渡し、低く喉を鳴らす。
「……また人間どもか。実に愚かだな。何度蹴散らされれば気が済む?」
重々しく、そして明確に“言葉”を話したその姿に、周囲の騎士たちは一瞬、動きを止めた。
「い、今……しゃべったか……?」
「魔物が……言葉を……?」
動揺が広がる。
しかし、アザラシッムだけは一切足を止めることなく、静かにそのペンギンへと歩を進めていた。
「ほう。随分と落ち着いているな、人間。貴様、何者だ?」
ゾンビペンギンは口元を歪めて笑う。
周囲の騎士たちは剣を構えるが、アザラシッムはそれを制することなく、ただ一歩前へ。
そして――何の構えもなく、ただ一歩踏み出したその瞬間。
風が走った。
否、それは風ではない。
鋭く、黒い斬光――否、色すら感じる間もなく、空間が“切断された”。
ゾンビペンギンの言葉が止まる。
「ぐ……ぁ……」
その体は、まるで切り取られたように崩れ落ち、地に伏した。
誰もがその動作を見ていなかった。
ただ結果だけがそこにあった。
アザラシッムは剣を抜いた様子も見せず、ただ背を向けながら命じる。
「構うな。全員、次の区画へ。南路地の制圧を急げ」
「「ハッ!!」」
緊張の糸が再び張り詰め、騎士たちは地を蹴って散開する。
アザラシッムの足取りに迷いはない。
しゃべるゾンビペンギンだろうと、名もなき雑兵だろうと、その目には価値の差など存在しなかった。
そこにいる“敵”である限り――ただ一太刀のもと、斬り捨てるのみだった。
* * *
民家の屋根を伝って潜入した部隊は、屋内に隠れていたゾンビペンギンを一網打尽にする。
「二階制圧! 一階もクリア!」
「こっちは地下がある! 見ろ、まだ動いている個体がいる!」
「やれぇ!」
床板を突き破って這い出してきた敵も、すかさず刃を叩き込まれ、その場で崩れ落ちた。
建物という地の利を活かし、騎士たちは一切の容赦なく敵を制圧していく。
別の路地では、倒れた瓦礫の下から這い出してきたゾンビペンギンを、騎士たちが十字包囲で押しつぶす。
「動きが鈍ったところを挟め! 左、回り込め!」
「よし、逃がすな! ここで仕留めろ!」
冷静かつ迅速な指示が飛び交い、騎士たちの動きは洗練されていた。
過酷な状況の中でも崩れることなく、緻密な連携で戦場を切り裂いていく。
「さすが……ゲリラ戦を知り尽くしている……!」
「敵に気配を悟らせず、味方には的確な指示。あれがアザラシッム総帥か……!」
誰かが小さく呟いたが、アザラシッム本人は特に応えない。
ただ、王都を見渡すように目を細めた。
その目は、一つ一つの戦局を計算する軍師の鋭さと、戦場に立つ者の覚悟を湛えていた。
「……殲滅は進行中。残る部隊も北側に展開。最終集結地点は中央広場だ」
静かに、確実に。
誰よりも早く、そして深く戦局を読み切り、次の展開へと移る。
命令を受けた騎士たちはすぐに次の行動に移り、王都の路地を風のように駆け抜けていった。
王国騎士団の頂点に立つ男、アザラシッム。
その進軍は、今まさに王都奪還の狼煙となっていた。
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