第90話:水の剣、火を断ちて
立ち尽くす仲間たちの視線の先で、リクは静かに剣を収めた。
血に染まった地に、憤怒の魔人・あいおーの断末魔がこだますることは、もはやなかった。
「……倒した……?」
ライアンがぽつりと呟く。
「いや、倒したっていうか……圧倒しただろ、あれは」
リセルが言葉を継ぎ、弓を持つ手がまだ微かに震えていた。
Daiも驚きに目を丸くし、コルクですら目を見開いてリクを見つめている。
「GEAR・THREEになった魔人を、あんなに……まるで、力関係が逆転していたようにすら見えた」
焼大人も腕を組みながら唸るように言った。
「うむ……まさしく天地逆転……お主、本当に人か?」
その中心で、リク自身もまた、静かに呟いた。
「……俺……あいつを、あそこまで簡単に……」
剣に宿った蒸気が、なおも微かに立ち上っている。
己の手でGEAR・THREEの魔人を斬り伏せたという現実に、本人が最も驚いていた。
「リク」
エリナがそっと声をかけた。
「あなたが強いのは間違いない。でも、今回はあいおーが“火属性”だったことが大きかったの」
皆がエリナに視線を向ける。
「私は“水属性”のXANAチェーンを手に入れたばかり。その力を、リクに向けて最大限に発動したの」
「属性相性……?」
ライアンが眉をひそめる。
「ええ。リクにかけたXANAチェーンは、他の誰かに使う時よりも、はるかに強い効果を発揮するみたいなの。理由は……私にもまだ、わからない。でも確かに、リクには“反応”があるの」
「つまり……」
リセルが目を見開く。
「もしあいおーに“火属性”がなければ……?」
「勝てなかった。きっと、誰にも」
エリナの言葉に、一同が静まり返る。
勝利の影に、ギリギリの偶然と、奇跡的な相性が重なっていたことを誰もが理解した。
だが、沈黙を破ったのも、またエリナだった。
リクがあいおーを倒した余韻が残る中、誰よりも先に、彼女は歩き出していた。
その視線の先――壁にもたれかかり横たわっているサクラ団長。
「サクラ団長……!」
エリナが駆け寄る。鎧には亀裂が走り、戦いの凄まじさを物語っていた。
呼びかけにも、返事はない。
その静寂に、リクたちも駆け寄ってくる。
エリナは祈るように手をかざした。
「XANAチェーン《翠癒》……」
木属性の魔力が彼女の手に集まり、淡い緑の光がサクラの全身を包み込む。
傷口に、蒸気のような微細なエネルギーが染み込む――
だが。
「……動かない……脈も、呼吸も……」
エリナの声がかすれる。
その時だった。
背後から焼大人がすっと歩み寄る。
「ふむ……この者、心肺停止……反応なし」
静かに、しかし誇らしげに言い切った。
そして右手を大きく掲げ、高らかに宣言した。
「漆黒の鎧騎士団長サクラ、死亡確認――!!」
仲間たちは言葉を失った。
重く、深く、沈黙がその場を支配する。
リセルがそっと目を伏せた。
「……あんな化け物と、一人で戦って……」
ライアンが、拳を握りしめながら言葉を絞り出す。
「……俺たち、間に合わなかったんだな」
コルクが、サクラの足元で小さく鳴いた。
Daiが帽子を取って、黙って頭を下げる。
そして、リクが静かに目を閉じ、呟いた。
「……ありがとう、サクラ団長。あんたがあいつを止めてくれたから……俺は勝てた」
しかし、いつまでも立ち止まってはいられない。
エリナが顔を上げ、仲間たちを見回す。
「……でも、まだ終わってない。ロイヤルペンギンが残ってる。ここで立ち止まっている暇はないわ」
リクが頷いた。
「……ああ、サクラ団長の分まで、俺たちがやるしかない」
風が吹き抜ける戦場の中、リクたちは再び歩き出す。
向かうは、暴食の魔人――ロイヤルペンギン。
仲間の犠牲を無駄にしないために。
「読んでくださって本当にありがとうございます。
ブックマークや評価、感想をいただけたら、今後の創作の励みになります。」