第89話:水の加護と切り裂く刃
遺跡の重厚な扉が再び静かに開いた。
リクたちがそこから姿を現すと、戦場の緊張が一気に押し寄せた。
――視線の先。
そこには、破壊された壁にもたれかかり力なく横たわるサクラの姿があった。
彼の身を包む重厚な鎧には、無数の亀裂が刻まれている。
だが、完全に砕けてはいない。
その事実に、あいおーはニヤリと唇を吊り上げていた。
そして――リクたちの視線は、そのあいおーへと向けられた。
「筋金入りの硬さだな、おい……。このおもちゃ、どれだけ叩いても壊れねぇ」
あいおーの体は一回り以上膨れ上がり、赤熱のオーラがさらに増していた。
――GEAR・THREE、発動中。
「……っ! あれ……何だよ、あの姿は……!」
リクが声を詰まらせる。
あいおーの身体は、明らかに以前とは異なっていた。
漆黒の筋肉は一層膨張し、腕から立ち上る炎のオーラは濃く、赤から蒼混じりの色へと変化している。
背には炎のようにうねる瘴気の翼が生え、全身から迸る力が周囲の空気を震わせていた。
「GEAR・……THREE……?」
ライアンが後ずさる。
「GEAR・TWOじゃなかったのか……? まさか……もう一段階、力を引き上げていたなんて……!」
リセルも弓を握る手にじわりと汗をにじませ、唇を噛んだ。
「サクラ団長が……やられた……あの人が、あんな……」
「この圧……間違いない。あれは、さっきまでの比じゃない……!」
Daiが唖然と呟く。
普段の冷静さが嘘のように消え、コルクまでもが尾を下げて低く唸っている。
そして――焼大人もまた、目を見開き、震える声を漏らした。
「ば、馬鹿な……これほどの拳圧、我が見てきたどの拳士にもなかった……! GEAR・THREEとは……こんなにも……!」
顎を引き、拳を握る手が小刻みに震えている。
あの焼大人ですら、圧倒されていた。
「ぬぅ……ぬぅぅぅぅっ……! これは……これはもはや拳ではない、災害だ……っ!」
その言葉に、仲間たちはさらに凍りついた。
リクたちは思わず立ち止まり、戦場の熱とともに胸を締めつけるような絶望感が襲ってきた。
目の前にいるのは、少し前に戦った憤怒の魔人とはまるで別物――。
言葉も出ないまま、ただその場に立ち尽くす。
先ほどよりも遥かに強化された彼の姿に、リセルやライアン、焼大人、Daiまでもが息を呑む。
焦りと恐怖が仲間たちの表情に浮かぶ中、ただ一人、エリナだけは冷静な目をしていた。
「……間に合わなかった……けど、大丈夫」
呟いた彼女は一歩前へ進み、リクの前で立ち止まる。
「リク。力は手に入れた。あとは、お願い」
エリナが両手を構えると、淡い水色の光が彼女の指先から溢れ出す。
《XANAチェーン:水属性 強化魔法》
その光がリクの身体を包み、鎧のように纏っていく。水の加護が剣士に宿った。
「これで……本当に勝てるのか?」
リクが不安げに問いかける。
だが、エリナは微笑みながら言い切った。
「リクなら勝てるよ。私は、そう信じてる」
その笑顔に、不思議と胸のざわめきが消えていく。
根拠はない。
けれど、確かな信頼だけがそこにあった。
水属性のXANAチェーン魔法は、対火属性であるあいおーに対し、圧倒的な相性を誇る。
そして、リクに対して発動した場合にのみ、桁違いの力を発揮する――その理由は誰にもわからない。
ただ、エリナは知っている。
その力は、想いによって引き出されるものなのだと。
リクが剣を抜く。剣身に水の波動が宿り、白い蒸気を巻き上げた。
「……行くぞ」
疾風のように、リクが駆け出す。
「おい!一人じゃっ!!」
ライアンが叫ぶ。
対峙するあいおーが目を細めた。
「はっ、なんだ? 一人で来るとは……死に急ぐか?」
次の瞬間――
リクの刃が、あいおーの腕を切り裂いた。
「……あっ?」
血飛沫が舞う。
リクは一瞬、剣の感触に目を見開く。
「ん!?……これなら!」
あいおーが驚愕したその間にも、リクの動きは止まらない。
一太刀、二太刀、三太刀……リクの剣が、音速のように振るわれる。
「ま、待てって……! お、おい、なんでだ!? てめぇ、弱かったはずじゃ――」
「……黙れ」
冷たい声が、あいおーの鼓膜を震わせた。
リクの剣閃は、正確に、そして容赦なくあいおーの身体を刻んでいく。
その動きは、まさに――
「《流閃陣》ッ!!」
必殺の構え。
剣が、空を切り裂き、波紋を広げるように炎を裂いた。
あいおーの巨体に無数の斬撃が叩き込まれ、肉体が細切れになっていく。
「な、なんでだぁぁぁぁぁぁっ!! てめぇ……弱いはずだろおぉぉぉっ!!!」
悲鳴が轟き――
やがて、あいおーは崩れ落ち、絶命した。
戦場に、静寂が戻る。
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