第86話:挟撃の号令
「この者たちは通して大丈夫です。下がってください」
リリィの言葉に、兵士たちは目を見合わせたが、やがて無言で道を開けた。
こうして、リクたちは遺跡の奥――女王が待つ場所へと、足を踏み入れた。
* * *
踏み込んだ通路の先は、すぐに広大な部屋へとつながっていた。
天井は高く、奥行きも圧倒的で、人工物とは思えないほどの空間が広がっている。
目を凝らして全体を見渡すと、同じような造りの扉が五つ確認できた。
そのうち四つの扉は開かれていたが、ひとつはリクたちが今、通ってきた通路だ。
残る三つの扉はどれも朽ちかけており、周囲には苔や埃が堆積している。
どうやら、これらはずっと昔に開けられたきり放置されているようで、今もなお使われている様子はまったくない。
中央部には、陣幕や簡易的な補給所が設けられ、まるで戦時の拠点のような光景が広がっていた。
およそ一個師団ほどの兵士たちが配置につき、緊張した面持ちで周囲を警戒している。
「……行ってみよう」
リクの言葉に、仲間たちも頷き、足を進める。
やがて彼らは、拠点の中心部に到達した。
そこには、女王シーユキの姿があった。
背筋を伸ばし、毅然とした表情を浮かべるシーユキの隣には、黒を基調にした実務的な礼服に身を包んだ若き宰相――とうしが控えていた。
装飾は最小限に抑えられ、その佇まいには無駄を削ぎ落とした機能美と威厳が宿っていた。
さらに数名の重鎮と見られる高官たちも、緊張感をたたえながら一列に並んでいた。
「陛下、ご無事で何よりです」
リクが丁寧に頭を下げる。
「シーユキ陛下……外では、憤怒の魔人――あいおーがここへ向かってきています。現在は、漆黒の鎧騎士団のサクラ団長が単独で迎撃にあたっています」
「そうですか……」
女王はわずかに目を伏せ、情報の重さを受け止めるように息を整えた。
リクはさらに続ける。
「白銀の矢騎士団のロビン団長が、王都外縁から攻撃を仕掛けています。 この作戦は、陛下ならびにこちら側にまとまった戦力が残っていることを前提としたもので、ロイヤルペンギンを内と外から挟撃する構えです。 ロイヤルペンギンはゾンビペンギンを生み出し続けており、アルファ因子による厄介な性質を持っていますが、団長はこれを物量で制圧する作戦を採っています。」
リクは女王の目をまっすぐに見据えた。
「サクラ団長の奮戦もあり、いまがロビン団長の作戦を実行する時。どうか、陛下もお力をお貸しください」
宰相とうしが、険しい顔で言葉を繋ぐ。
「こちらでは、脱出に向けた計画を進めておりました。 しかし、ロビン殿の策に呼応せねば、今後ロイヤルペンギンを倒す機会が巡ってくるかはわかりません。 機を逸すれば、残存兵力は各個に分断され、再起もままならぬ事態となりましょう」
女王シーユキは深く頷くと、すぐに決断を下した。
「アザラシッム総帥」
女王の呼びかけに応じて、一人の巨躯の騎士が歩み出た。
厚い鎧に身を包み、その背に威厳を背負った男。
王国騎士団総帥、アザラシッムだった。
「サクラには、あいおーの足止めを託します。アザラシッム総帥、あなたにはここに残る全戦力をまとめていただき、北側から暴食の魔人――ロイヤルペンギンを挟撃してください」
「お任せください。必ずや戦果をあげましょう」
宰相、重鎮たちの顔が一斉に引き締まる。
「……異論は?」
女王が全体を見渡して尋ねる。
しかし、誰一人として声を上げる者はいなかった。
女王はゆっくりと頷くと、毅然と宣言した。
「では、作戦を開始します!」
女王シーユキの号令が静かに、しかし確かに響き渡る。
「おおおおっ!」
「やってやるぞー!」
「これが最後の勝機だ、抜かるな!」
兵たちが一斉に声を上げ、場の空気が一気に引き締まる。
それぞれの視線が戦場の先へと向けられ、覚悟が宿る。
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