第4話:信頼と共感
リクに助けられたあと、エリナは彼の家に匿われることとなった。
彼女の体には、無数のあざと擦り傷が刻まれていた。汚れた服はところどころ破れ、泥と血が乾いて固まっている。
歩くたびに小さく痛みを訴えるように肩を震わせ、言葉ひとつ発することなく、リクの背中にぴったりとついて歩く姿は、誰が見ても痛々しいものだった。
その光景に、リクの両親――ガイルとリナは、驚きこそしたが、彼女を追い返すような素振りを見せることは一切なかった。
玄関の戸を開けた瞬間、リナは咄嗟に近くにあった毛布を手に取り、何も言わずそっとエリナの肩に掛けた。
その仕草は、まるでずっと前から娘として接していたかのように自然で、温かかった。
「ありがとう……こんな私を……助けてくれて……」
エリナは部屋の隅に座り込み、毛布を胸元で抱きしめながら、か細い声で感謝の言葉を絞り出した。
しかしその声は、不安と戸惑いに震え、まるで「信じてはいけない」と自分に言い聞かせているようでもあった。
リナはそんな彼女のそばにしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「困っている人を助けるのは当然のことよ。それに――」
彼女はエリナの髪をそっと撫でながら続けた。
「あなたみたいな可愛らしい子を、見捨てるなんてできるわけがないでしょ?」
その一言に、エリナは小さく首を振った。
「でも……私、普通じゃない。魔法も……みんなが知らない、怖がる力で……」
声が詰まった。口を開こうとするたびに、これまで浴びせられてきた罵声や、背中に受けた痛みが脳裏に蘇る。
それでも、リナは否定しなかった。ただ静かに、彼女の手をそっと包み込み、自分のぬくもりを伝えようとした。
「大丈夫よ。ここにはあなたを傷つける人なんていないわ。もう、何も怖がらなくていいの」
その声は、冷えきった冬の空気に差し込む春の日差しのように、あたたかく、やさしく響いた。
リナは慣れた手つきで、薬草を煮出し、ほつれた包帯を手早く整えながら、ひとつひとつ傷の手当てを始めた。
エリナの手足、肩、膝――傷の多さに、リナの眉がほんの少しだけ曇る。それでも口には出さなかった。
「ここ、ちょっと沁みるわよ。でもね、すぐ楽になるから」
「……うん」
その返事と同時に、エリナの頬を一粒の涙が流れ落ちた。
痛みのせいではない。それは、温かさに触れたことでこぼれた、心の涙だった。
――いつぶりだろう、こんなにも優しくされたのは。
――いや、もしかしたら、生まれて初めてだったのかもしれない。
誰も問い詰めず、責めず、ただ自分を“守ろう”としてくれている。
それだけのことが、今のエリナには、胸がつぶれそうなほどに苦しくて、嬉しかった。
リクは部屋の隅でその様子を黙って見守っていた。
気丈に見えていたエリナの顔が、ほんのわずかに緩んでいるのを見て、彼は小さく息を吐いた。
安心したのだろう。自分が選んだ行動が、少しでも彼女の救いになっていたことが、何より嬉しかった。
* * *
夜が更け、静かな寝室。
エリナはリナに用意してもらった清潔な布団に横たわりながら、目を閉じることができずにいた。
天井を見つめる目は、まだ怯えと不安を完全には捨てきれず、何度も瞼の裏で今日の出来事を繰り返していた。
それでも――
リナの優しい声や、リクの静かなまなざしが、胸の奥でじんわりと残っていた。
あたたかくて、やわらかくて、そしてどこか懐かしい気がする。
そのぬくもりが、静かに、静かに、彼女の心を癒やしていた。
その夜、布団の中で、エリナは小さな声で呟いた。
「……ありがとう、リク……」
その声は誰にも聞こえず、闇の中に吸い込まれていった。
けれど確かにその言葉には、感謝と――小さな希望の光が宿っていた。
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